2026年2月17日、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)がひとつのニュースリリースを出した。グリーンイノベーション基金事業の水電解プロジェクトに、SOEC(固体酸化物形電解セル)という高温型の水電解方式を新たに加え、デンソーとJERAによる研究テーマを採択したという内容だ。
一見すると地味な政府系の発表に見えるかもしれない。しかし、この採択には「2032年までにSOECの設備コストを6.8万円/kW以下にする」という明確な数値目標と、最大約350億円というNEDO支援規模が伴っている。水素のつくり方をめぐる競争に、日本が本格的に新しい駒を投入した格好だ。
そもそもSOECとは何か
水から水素をつくる「水電解」には、大きく3つの方式がある。古くからあるアルカリ型、応答性に優れるPEM型(固体高分子膜型)、そして高温で動くSOECだ。
SOECの正式名称は Solid Oxide Electrolysis Cell。セラミック膜を電解質に使い、600℃以上の高温で水蒸気を電気分解する。高温で動くぶん、電気だけに頼らず熱エネルギーも活用できるため、理論上の電解効率が高い。デンソーの発表によれば、電気分解効率は最大約80%に達し、アルカリ型やPEM型を上回るとされている。
この「外部の熱を取り込める」という特性が、電力価格の高い日本にとっては大きな意味を持つ。工場や火力発電所から出る排熱を使えば、投入する電力を減らせる。電力コストが水素製造コストの大半を占める現状では、この差は無視できない。
国が用意した枠組み ── グリーンイノベーション基金の全体像
今回のSOEC採択の舞台になったグリーンイノベーション基金事業は、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、政府がNEDOに造成した大型基金だ。当初2兆円でスタートし、その後の積み増しを経て総額は約2兆7,564億円に膨らんでいる。
この基金の特徴は、研究開発から社会実装まで最長10年間にわたって継続支援する点にある。単年度の補助金とは違い、企業が長期的な視点で設備投資やサプライチェーン構築に踏み出せる設計になっている。
水電解のプロジェクトでは、これまでアルカリ型とPEM型の2方式について大型化・低コスト化の開発が進められてきた。今回、そこに第3の方式としてSOECが加わった形だ。
具体的なコスト目標 ── 3方式の横並び比較
NEDOの研究開発・社会実装計画では、方式ごとの設備コスト目標が明示されている。
- アルカリ型:2030年までに 5.2万円/kW
- PEM型:2030年までに 6.5万円/kW
- SOEC:2032年までに 6.8万円/kW以下

(出典:NEDO 研究開発・社会実装計画をもとに筆者作成)
ここでいう「設備コスト」は、水電解装置の本体だけでなく、変圧器や整流器といった電源機器まで含んだシステム全体の価格を指す。セル単体の性能ではなく、システムとして1kWあたりいくらか、という定義だ。
注目すべきは、3方式の目標値が同程度のレンジに収まっていること。将来的に水電解方式の選択が「なんとなくの好み」ではなく、用途やサイトの条件に応じた定量的な比較で決まる世界が近づいていることを示している。
ただし、現状とのギャップは大きい。NEDOの資料では、SOECの現時点の設備コストは約27.7万円/kW程度と引用されている。6.8万円/kWまで下げるには、ざっくり4分の1にする必要がある。このギャップを埋めることが、今回のプロジェクトの中核テーマになる。

デンソー × JERA ── 採択されたプロジェクトの中身
今回採択されたのは、「排熱を利用した高効率水素製造技術の開発・技術実証」というテーマ。実施するのはデンソーとJERAの2社だ。
デンソーは自動車部品メーカーとして知られるが、車載向けで培ったセラミックス技術や熱マネジメント技術をSOECに応用している。英国のCeres Power社からセルスタックの製造ライセンスも取得済みで、金属とセラミックを接合した独自の固体酸化物技術と、デンソーの量産技術を組み合わせる体制を整えている。
JERAは東京電力フュエル&パワーと中部電力の合弁で、国内最大の発電事業者。LNG火力発電所を多数運営しており、高温の排熱を大量に持っている。SOECにとって理想的なパートナーだ。
プロジェクトの具体的な数字を並べてみる。
- 事業期間:2025年度〜2032年度(最大8年間)
- 事業規模:約460億円(うちNEDO支援は最大約350億円)
- 段階設計:研究開発段階と大規模実証段階の間にステージゲート審査あり
- 初期フェーズ:最初の3年間で上限約81億円
まず数年かけてセル・スタックやモジュール、制御システムを開発し、その後に数十MW規模の大型SOECで実証を行う流れだ。
実は両社の協業はすでに動き出している。2024年8月に共同開発契約を締結し、2025年9月にはJERA新名古屋火力発電所で200kW規模のSOECによる水素製造実証を開始した。これは国内初の火力発電所内でのSOEC実証となった。今後、200kWから数千kW、さらに数十MWへとスケールアップしていく計画だ。
なぜ「排熱のあるサイト」が鍵なのか
SOECの最大の武器は、高温の蒸気を外部から取り込めること。逆にいえば、排熱がなければその優位性は発揮しにくい。

この「熱+電気」の二刀流が、電力単価の高い日本でのコスト優位性につながる
LNG火力発電所は、まさにその条件に合致する。発電で生じる高温排熱をSOECに供給すれば、電力消費を抑えながら水素を製造でき、発電所の熱効率を損なうこともない。今回の実証で確立された設計・運転ノウハウは、製鉄、化学、製紙など排熱を持つ他の産業プラントにも横展開できる。
NEDOのプレスリリースでも、SOECを排熱のあるプラントと組み合わせた大規模な脱炭素化実証を目指すと明記されている。単なる水素製造技術の開発ではなく、既存の産業インフラと組み合わせた「システムとしての最適化」が問われているのだ。
日本企業にとってのチャンス
SOECのコスト構造を分解すると、セル・スタックの材料費と加工費、モジュール構造(配管・断熱を含む)、変圧器や整流器などの電源機器、そして量産ラインや検査装置が主な構成要素になる。なかでもセル・スタック、電源、モジュール構造の3領域は、2032年までのコストダウン余地が大きいとされている。
日本には、この分野で強みを持つ企業群が存在する。SOECの兄弟技術ともいえるSOFC(固体酸化物燃料電池)で培ったセラミックス技術を持つ材料・部品メーカー、変圧器やパワーエレクトロニクスに強い電機メーカー、大型プラントのEPC(設計・調達・建設)を手がけるエンジニアリング会社。それぞれの得意分野をSOEC向けに転用する余地がある。
6.8万円/kWという目標が数字として共有されたことで、サプライチェーン全体が同じ物差しでビジネスケースを議論しやすくなった。「セルの効率を何%上げたか」だけでなく、「結果としてシステム1kWあたり何円下がるか」で語れる世界になる。部材メーカーにとっては、自社がコストカーブのどの部分に効かせられるのかを早めに描いておくことが重要になるだろう。
まとめ ── 何が始まったのか
整理すると、今回の動きのポイントは3つある。
第一に、目標の明示。SOECの設備コストが「2032年に6.8万円/kW以下」という具体的な数字で示された。他方式との横並び比較も可能になり、水素製造方式の選択が定量的な議論に移る土台ができた。
第二に、実行体制の具体化。デンソーとJERAという、セラミックス技術と大規模排熱の両方を持つ組み合わせが、最大約350億円の支援を受けて8年間のプロジェクトに取り組む。すでにJERA新名古屋火力での200kW実証も始まっている。
第三に、産業波及の可能性。SOECの量産とコストダウンが進めば、セル材料からEPCまで、国内サプライチェーンの各層に投資機会が生まれる。排熱を持つ産業サイトへの横展開も見込まれる。
SOECはまだ技術的にもコスト的にも不確実性が大きい。しかし「排熱のあるサイトで、2030年代前半に、どのコストで水素をつくれるか」を具体的に議論できるフェーズに入ったのは確かだ。6.8万円/kWという数字を外形条件として受け止め、自社がその達成にどう貢献し、どのポジションで価値をとるのか ── そうした問いに向き合うタイミングが来ている。
主な一次情報源
- NEDO ニュースリリース(2026年2月17日)「グリーンイノベーション基金事業で新たにSOECの大型化や脱炭素化実証に着手します」(NEDO公式サイト)
- グリーンイノベーション基金事業 特設サイト「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造」(NEDO GI基金サイト)
- デンソー・JERA プレスリリース(2024年8月5日)「SOECと排熱活用を組み合わせた高効率水素生成技術の共同開発ならびに共同実証試験を実施」(JERA公式サイト)
- NEDO「燃料電池・水素技術開発ロードマップ ── 水電解技術開発ロードマップ」(2025年3月改訂)
- 経済産業省「グリーンイノベーション基金事業」概要ページ(経産省公式サイト)

