三菱商事撤退の洋上風力3海域、2026年に再公募──価格下限と実現性重視の新基準へ

三菱商事連合が撤退した秋田・千葉沖3海域の再公募に向け、経済産業省と国土交通省が公募の審査基準を刷新する。柱は、応札価格に「下限」を設けて安値の一本足打法を封じ、代わりに国内調達や実行確度といった「事業実現性」で勝敗が決まる設計へ移すことだ。2026年にも3海域を再公募する。日本の洋上風力が「価格の競争」から「質の競争」へ舵を切る、制度上の転換点である。

目次

何が起きたのか──「安値総取り」の象徴案件が白紙に

2025年8月27日、三菱商事は再エネ海域利用法に基づく第1ラウンド公募で落札した秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の3海域すべてから撤退すると発表した。3海域の発電容量は合計約170万kW(約1.7GW)にのぼり、日本初の本格的な大型洋上風力プロジェクトの第一弾がまるごと白紙に戻ったことになる。

撤退に伴い、三菱商事連合(中部電力系のシーテック等を含む)が保証金として積み立てていた約200億円は国庫に没収された。三菱商事は前年度に3海域関連で524億円の減損損失を計上しており、保証金没収と合わせると失う金額は700億円超に達する。中部電力も170億円の損失を計上した。撤退した事業者は当面の再公募に参加できず、地元自治体・漁業者との信頼関係にも深い傷が残った。

なぜ起きたか①──価格点だけで勝負がつく入札設計

第1ラウンドの評価は、供給価格を評価する「価格点」120点と、実施能力・地域調整などを評価する「事業実現性評価点」120点の計240点満点で競う仕組みだった。問題は価格点の算出式にある。価格点=120点×(最も低い供給価格÷当該事業者の供給価格)という設計のため、最安値を出せば自動的に満点120点を獲得し、他社との価格差がそのまま大きな点差になって表れる。

三菱商事連合が提示した供給価格は、能代等13.26円/kWh、由利本荘11.99円/kWh、銚子16.49円/kWh(3海域平均13.4円/kWh)。供給価格上限額29円/kWh、当該海域の採算ラインとされた約25円/kWhの半分近くという水準で、3海域すべてで2番目に低い応札価格より22〜30%も安い提示だった。オーステッド、エクイノール、RWEといった世界の大手デベロッパーを組み込んだ競合連合を退けての「総取り」である。

結果、価格点で三菱連合は2位に対し26〜36点の差をつけた。一方、事業実現性評価点で2位との差はわずか7〜10点にとどまる。2海域では他社が事業実現性で1位を取っていたにもかかわらず、仮にその実現性評価を満点にしても価格点差を覆せなかった。価格が事実上、勝敗を決める一枚看板になっていたことを、政府の撤退要因分析(2025年12月)も明確に認めている。

価格点が勝敗を決めた ― 第1ラウンドの点差(対2位)
価格点の差 事業実現性の差
秋田 能代等
26.23
10.0
秋田 由利本荘
36.35
9.0
千葉 銚子
32.40
7.0
価格の差が、実現性の差を大きく上回った
三菱商事連合と2位応札者の得点差。各評価は120点満点(合計240点満点)。出典:経済産業省・国土交通省
第1ラウンドでは、三菱商事連合が価格点で2位に26〜36点もの差をつけた一方、事業実現性の差は7〜10点にとどまった。価格が事実上、勝敗を決める一枚看板になっていたことがわかる。

なぜ起きたか②──採算を崩した外部環境の激変

撤退の最大要因は、選定後(2021年12月〜)に生じた事業環境の急変だった。三菱商事へのヒアリングに基づく政府分析によれば、風車調達費・洋上工事費・陸上工事費がいずれも公募参加時の見込みから2倍以上に膨張した。資本費を構成する物価指数は約57%上昇(鉄鋼は約100%、電力・通信用メタルケーブルは約72%)、対ドル円相場は約40%の円安に振れ、金利上昇も借入コストを押し上げた。

問題を増幅させたのが、サプライチェーンの海外依存である。国内に大型風車メーカーは存在せず、ナセルやブレードは欧州3社(GE Vernova、Siemens Gamesa、Vestas)からの輸入に全面依存。据付船・ケーブル敷設船といった特殊船舶も海外調達に頼らざるを得ない。この構造が、インフレと円安の直撃をコストにダイレクトに転嫁させた。FIP制度への移行、価格調整スキーム、海域占用期間の予見可能性確保といった制度側の救済策を前提としても、コスト増を賄える収入は確保できないというのが三菱商事の結論だった。

制度見直しの中身──「安値」を封じ「実行」を評価する

経産省・国交省は2025年11月19日の合同会議で新たな公募制度案を示し、年内に方向性を取りまとめた。再公募は2026年(年明け以降)を予定する。主な変更点は以下の通り。

洋上風力の公募制度、ここが変わる
項目 第1ラウンド(旧) 再公募(新)
価格点の設計 最安値が自動的に満点120点 下限〜上限の点差を最大20点に圧縮
迅速性の配点 20点 20点 → 10点
計画の実行面 20点 20点 → 25点
サプライチェーン形成 20点(電力安定供給) 20点 → 25点(項目を改称)
落札制限・撤退 制限なし(1社が総取り) 1事業者1GW上限+撤退ルール明確化
「価格の競争」から「実現性・国内調達の競争」へ
出典:経済産業省・国土交通省(2025年11月・12月 合同会議資料)
再公募では価格で大差がつかない設計に改め、迅速性を半減させる一方、計画の実行力と国内サプライチェーン形成への配点を厚くする。「速さと安さ」から「実現性と国内調達」へ、評価の重心が移る。

1. 応札価格に下限・上限を設定(点差は20点)

これまで最安値が自動的に満点を取れた価格点の算出式を改め、応札価格に下限と上限を設ける。下限額から上限額までの価格点の差は最大20点に圧縮し、価格で大差がつかないようにする。下限(事前公表)を下回る水準の入札は満点扱いとする一方、事業実現性(迅速性10点+高度な基準55点=65点で差がつく想定)によっては、価格で劣位でも逆転できる設計とする。市場の目安より大幅に安い提示が機械的に選ばれる事態を防ぐ狙いだ。

2. 事業実現性の配点を「実行・国内調達」重視に組み替え

運転開始の速さを競わせる「迅速性」の配点を20点から10点へ半減する。過度な迅速性の追求が、実現性の乏しい計画を誘発したとの反省による。代わりに、計画の実行面に関する配点を20点から25点へ、産業基盤の確立に資する「サプライチェーン形成」(電力安定供給の項目を改称)を20点から25点へ引き上げる。スピードよりも実現性、輸入依存よりも国内調達を評価軸の中心に据える転換である。

3. 落札制限・撤退ルール・データ引き継ぎ

第1ラウンドの「1社総取り」を踏まえ、第2ラウンドと同様に1事業者あたり1GWまでの落札制限を設ける。撤退時のルールも明確化し、撤退した事業者はその後初めて事業者選定が行われる公募(撤退時点で開始しているものを含む)に参加できないと定める。さらに、撤退事業者が保有する地盤等のデータを再公募参加者へ引き継ぐ規定を新設し、再公募の迅速化と重複調査の解消を図る。三菱商事はデータ提供の意思を表明している。

4. 価格調整スキームは「将来の上昇分」に限定

資材価格の変動を基準価格/調達価格に反映する価格調整スキームについては、対象を計画変更後の将来の物価上昇分に絞る。事業者側からは入札時から現在までのインフレ分の反映を求める要望もあったが、公募の公平性と国民負担の中立性を損なうとして見送られた。

事業開発への示唆──「価格一本足」の終わりと、国内サプライチェーンの再評価

今回の制度見直しが事業開発の現場に突きつけるメッセージは明快だ。「最安値を出せば勝てる」というゲームは終わり、実行確度・国内調達・地域共生をどう積み上げるかが受注の分水嶺になる。価格で20点しか差がつかない以上、事業実現性で1点でも多く取りにいく提案設計が問われる。国内サプライチェーン形成の配点強化は、これまでコストとみなされがちだった国内調達に、明確なインセンティブを与える。

ただし論点も残る。下限価格の設定は安値を封じる一方で、事業者に一定の価格保証を与える性格を帯び、国民負担との綱引きが避けられない。第2・第3ラウンドの多くで見られた「ゼロプレミアム(3円/kWh)」水準の応札が、実勢に近い価格へ回帰するかも焦点だ。また、価格調整の対象を将来分に限る判断は、既存のインフレ負担を事業者に残すため、応札意欲をどこまで喚起できるかは再公募の結果を待つ必要がある。

洋上風力は第7次エネルギー基本計画で再エネ主力電源化の「切り札」と位置づけられ、風力発電の電源構成比率を2023年度の1.1%から2040年度に4〜8%程度へ引き上げる目標が掲げられている。三菱ショックはこの目標に遅れを生じさせたが、得られた教訓を制度に織り込めるかが、日本の洋上風力を立て直せるかの試金石となる。実施中の第2・第3ラウンド案件については長期脱炭素電源オークションへの参加も議論されており、収入面の下支え策と併せた「質の競争」への移行が、2026年の再公募で実際に機能するかが問われる。

参考リンク

一次資料(経済産業省・国土交通省)

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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