GX-ETS、2026年度から本格稼働へ──多排出300〜400社に排出量取引が義務化

2026年4月1日、改正GX推進法の排出量取引関連規定が施行され、日本版排出量取引制度「GX-ETS」が自主参加の試行(第1フェーズ)から義務化フェーズ(第2フェーズ)に移行した。CO2の直接排出量が直近3年度平均で年10万トン以上の多排出事業者を対象とする、日本初の全国レベルの義務的排出量取引である(地域制度としては東京都・埼玉県のキャップ&トレードが先行)。対象は鉄鋼・電力・化学・セメント・石油・自動車など約300〜400社で、これらの排出量は日本の温室効果ガス排出量の約6割を占める。制度対象か否かの判定は各社の自己責任で行う必要があり、経産省からの個別通知は行われない。

目次

この記事のポイント

  • 対象はCO2直接排出(Scope1)年10万t以上の約300〜400社。日本のGHG排出の約6割をカバーし、対象判定は自己責任。
  • 初年度は特例スケジュール。2026年9月30日までに年度平均排出量の届出と移行計画の提出が必須。排出枠の割当と取引市場は2027年度に後ろ倒し。
  • 2026年度の排出枠価格は参考上限4,300円・調整基準1,700円/t-CO2。EU-ETSの3分の1前後と低く、当初は「価格を暴れさせない」設計。
  • 無償割当はベンチマーク(BM)/グランドファザリング(GF)方式。BM水準は上位50%から2030年度に上位32.5%へ段階的に厳格化。

制度の基礎(排出枠・クレジット・割当の仕組み)から押さえたい方は、入門記事「はじめてのGX-ETS:日本の「排出量取引制度」をゼロから理解する」もあわせてご覧いただきたい。本稿は、義務化フェーズ入りに伴う実務と事業開発への示唆に焦点を当てる。

初年度の壁は「取引コスト」より「9月末の実務」

制度初年度の2026年度には特例スケジュールが敷かれている。対象企業はまず自社の2023〜2025年度のCO2直接排出量の平均が10万トン以上かを判定し、該当する場合は2026年4月1日から当年度の排出量算定を開始。そのうえで2026年9月30日までに、年度平均排出量の届出と移行計画の提出を済ませなければならない。排出目標量等合計量の届出は2027年9月30日まで猶予されるが、基礎届出と移行計画は猶予の対象外である。

GX-ETS初年度(2026年度)の対応スケジュールを示す横方向のタイムライン図。左から順に、2026年4月1日「算定開始」、2026年9月30日「年度平均排出量の届出と移行計画の提出(初年度の期限)」、2027年度「初回の排出枠割当」、2027年秋ごろ「排出枠取引市場の開設」の4つの節目が並ぶ。排出目標量等の届出は2027年9月30日まで猶予される旨の注記がある。
初年度にまず効いてくるのは取引コストではなく実務対応。2026年9月30日の届出・移行計画提出が最初の関門となる。

初回の排出枠割当は2027年度、排出枠取引市場の開設も2027年秋ごろの見込み。つまり足元でまず重くなるのは、排出枠の現金負担ではなく、算定・確認・届出・移行計画という制度対応オペレーションだ。移行計画には2030年度までの直接・間接排出量の削減目標、設備投資計画、研究開発投資の状況などを記載し、その一部は個社ごとに公表される。投資計画やR&D情報が外部に開示される前提で作り込む必要がある点は、事業戦略との整合を要する。運用は経産省が用意するERMS(排出量取引管理システム)上で行う。

価格設計:上限4,300円・下限1,700円、当面は「効かせる」より「暴れさせない」

2025年12月に経産省が示した2026年度の排出枠価格は、参考上限取引価格が4,300円/t-CO2、調整基準取引価格が1,700円/t-CO2。上限を超える局面では、不足分について上限価格の1.1倍(約4,730円/t)を支払うことで義務履行が可能となる。逆に平均取引価格が下限を一定期間下回れば、GX推進機構がリバースオークションで排出枠の流通量を引き締め、需給を調整する。

この水準は、直近で1トンあたり約80ユーロ(約1万3千円前後)で推移するEU-ETSの3分の1前後にとどまる。供給安定を優先し、制度立ち上げ期に急激な負担増を避ける狙いがうかがえる。2027〜2030年度は、前年度価格に物価上昇率の見通し+実質価格上昇分(1.03を乗じる)を織り込んで毎年度引き上げる方針で、価格シグナルは時間をかけて強まる設計になっている。なお、下限価格1,700円は省エネJ-クレジットの2024年度水準(高騰前)を参照して設定された。

無償割当とベンチマーク:効率性がそのままコスト差になる

排出枠は当面無償で割り当てられ、割当の基礎となる排出目標量はベンチマーク方式(BM)またはグランドファザリング方式(GF)で算定する。BM方式では業種内の効率水準が基準となり、開始当初の上位50%水準から、2030年度には上位32.5%水準まで段階的に厳格化される。BM水準を上回る効率の事業所は排出枠に余剰が生まれ、下回れば不足する。効率性そのものが排出枠の過不足=炭素コスト差に直結する構造だ。発電部門では当初3年間(2028年度まで)は燃料種別のベンチマークを用い、その後徐々に全火力水準へ近づけ、2033年度に全火力ベンチマークへ移行する。

柔軟性措置:クレジットは実排出の10%まで、グループ共同履行も可

義務履行の不足分は、他社の余剰排出枠に加えてJ-クレジットとJCM(二国間クレジット)でも充当できる。ただし利用上限は各年度の実排出量(クレジット無効化前)の10%。適切な価格形成と削減インセンティブを損なわないための上限だが、J-クレジット・JCMの供給量は現状きわめて限定的で、柔軟性措置として実効的に機能するかは供給次第という指摘もある。また、第1フェーズでグループ単位の管理が実態だったことを踏まえ、第2フェーズでは密接関係者(会社法上の子会社・関連会社・兄弟会社)と共同で義務を履行する選択肢も認められた。グループ内で削減の得手不得手を相殺し、排出枠の過不足を一元的に最適化できる。

確認・MRV:2029年度から大規模事業所に「合理的水準」の確認

排出目標量・排出実績量はいずれも、国の登録を受けた登録確認機関による「確認」を受けることが義務づけられる。確認水準は段階的に強化され、2026〜2028年度は全対象事業者への限定的水準の確認にとどまるが、2029年度以降は年間CO2排出量100万トン以上を目安とする大規模事業所に合理的水準の確認が求められる見通しだ。確認はISO14064-3やISSA5000などの国際基準に準拠する。MRV(測定・報告・検証)体制の構築負荷は大きく、算定・管理を支援するSaaS(Zeroboard、booost technologies等)の需要が急速に伸びている。GX-ETSは温対法とは別制度であり、温対法の報告をもって義務を果たしたことにはならない点にも注意が必要だ。

事業開発の示唆:削減投資の経済性が初めて「価格化」された

GX-ETSの本質は、これまで会計に乗りにくかったCO2削減投資の経済性を初めて価格化した点にある。排出枠が売買可能になったことで、義務履行は「①自社削減」「②余剰枠の調達」「③クレジット調達」「④未達時の負担金支払い」の4択のコスト比較として意思決定に組み込まれる。とりわけBMの上位50%基準は、脱炭素の巧拙をそのまま炭素コスト差=競争軸へと変換する。

排出枠が不足した場合の義務履行の4つの選択肢を、コストの低い順に並べて比較した図。①自社で削減(省エネ・燃料転換・電化)、②余剰排出枠を市場から調達、③J-クレジット・JCMを調達(実排出量の10%が上限)、④未達時の負担金(参考上限価格の1.1倍=約4,730円/t-CO2)の4項目が左から右へ並び、下部にコストが低から高へ向かう矢印がある。
義務履行は「削減か、購入か、クレジットか、負担金か」のコスト比較になる。
削減単価・資本コスト・将来のCO2価格を織り込んだポートフォリオ最適化が問われる。

実務では、内部炭素価格(ICP)を設備投資の回収計算に織り込む動きが加速するとみられる。水素還元製鉄、大型電炉、CCUSといったハード・トゥ・アベイト領域の大型投資は、GX-ETS下では将来の排出枠購入コストやペナルティを回避する合理的な経営判断として正当化されやすくなる。規律は2028年度の化石燃料賦課金、2033年度の発電部門オークションと段階的に強まっていく。価格水準が相対的に低い今のうちに、燃料価格リスクと炭素価格リスクを一枚のシナリオで比較できる投資判断基盤を組めるかどうかが、中長期の競争力を分ける分岐点になる。

参考リンク集

一次情報(官公庁・制度運営)

専門解説・分析

※本記事の数値・制度内容は執筆時点の公表情報に基づく。制度の詳細は今後のガイドライン等で変更される可能性があるため、実務適用の際は経済産業省・GX推進機構の最新の一次情報をご確認ください。

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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