ヒートポンプ世界市場が€710億へ──ダイキン・パナソニック・三菱の欧州「現地生産」戦略

ヒートポンプ世界市場が€710億へ──ダイキン・パナソニック・三菱の欧州「現地生産」戦略

2026年4月、フランスの国営電力会社EDFが電化促進に€2.4億(約400億円)を投じると発表した。このうちヒートポンプ分野では、低所得世帯8万世帯に対して1台あたり€1,000の定額補助を支給し、ガス・石油ボイラーからの切り替えを後押しする。同時にフランス政府は「2030年までに年間100万台のフランス製ヒートポンプ設置」という野心的な目標を掲げ、新築住宅でのガスボイラー設置を段階的に禁止する方針を打ち出した。

ヒートポンプは空気中の熱を電気で汲み上げて暖房や給湯に使う技術で、投入した電気の3〜5倍の熱エネルギーを得られる。つまり、ガスボイラーと比べてCO₂排出を大幅に削減しながら、光熱費も抑えられる──脱炭素と経済性を両立できる数少ない技術だ。IEAは、2050年ネットゼロシナリオにおいて建物の暖房需要の約45%をヒートポンプが担うと予測しており、世界各国が普及政策を加速させている。

この巨大市場の拡大局面で、日本のダイキン・パナソニック・三菱電機の3社が欧州で大規模な生産投資を進めている。本記事では、欧州を中心としたヒートポンプ市場の最新動向と、日本メーカーの戦略、そして国内のZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)政策との接点を整理する。

目次

EDF €2.4億の電化投資──ヒートポンプは「脱化石燃料」の中核に

2026年4月8日、EDFは創立80周年を記念して€2.4億の電化促進パッケージを発表した。CEOのBernard Fontana氏は、化石燃料、特にガスと石油への依存を減らすために電化を加速させると表明している。

€2.4億の配分は大きく3つに分かれる。

分野配分額主な内容
ヒートポンプ€8,000万低所得世帯8万世帯に€1,000の定額補助。MaPrimeRénov’等の既存制度と併用可能
電動トラック€8,000万€3,000万でディーゼル→EVトラック補助(1台あたり€15,000)、€5,000万で180か所の長距離トラック充電ステーション整備
電力消費型産業誘致€8,000万データセンター等の新規立地向けに系統接続済みの「ターンキーサイト」を提供
EDFの€2.4億電化促進パッケージの配分を示すインフォグラフィック。3つの分野に均等配分:ヒートポンプ(€8,000万、低所得世帯8万世帯に€1,000補助)、電動トラック(€8,000万、EV転換補助と充電ステーション180か所)、産業誘致(€8,000万、データセンター等への系統接続済みサイト提供)。
EDF €2.4億の電化促進パッケージ:3分野に均等配分された支援内容。ヒートポンプ分野ではEDF顧客以外も補助対象となる点が注目される(出典:EDFプレスリリース、2026年4月8日)

注目すべきは、EDFの補助はEDF顧客以外でも利用可能な点だ。フランス本土の住宅でガス・石油ボイラーをエアツーウォーターまたはウォーターツーウォーターヒートポンプに交換する場合に適用される。この「EU製品限定」の条件は、中国製の安価な製品を排除しつつ欧州域内のサプライチェーン強化を意図したものだ。

フランス政府「年間100万台」の国家目標──ガスボイラー禁止へ

EDFの発表に続き、ルコルニュ首相は2030年までに年間100万台のフランス製ヒートポンプ設置を目指す電化計画を発表した。現在の設置台数は年間約35万台で、約3倍への引き上げが必要になる。2024年時点でフランス国内のヒートポンプ設置累計は約400万台とされ、これを800万台に倍増させる計画だ。

主な施策は以下のとおりだ。新築住宅でのガスボイラー設置禁止(2026〜2027年の建築許可から適用)、低所得世帯向けヒートポンプの「ソーシャルリース」制度の導入(政府またはエネルギー企業が初期費用を負担し3年で分割返済)、そして電化推進のための年間国費を€55億から€100億へ倍増する方針が含まれる。

ただし課題も多い。業界団体はRGE認定(環境保証認定)を持つ施工技術者の不足を指摘しており、現在の約15,000人から2027年までに30,000人への倍増が必要とされている。また、エネルギー性能評価(DPE)でD以下の住宅では、断熱性が不十分なためヒートポンプの効率が発揮できないとの警告もある。

欧州ヒートポンプ市場の全体像──2034年に€710億市場へ

フランスだけではない。欧州全体でヒートポンプへの政策シフトが加速している。

IEAによると、世界のヒートポンプ販売台数は2020年から2024年にかけて27%増加した。2022年のエネルギー危機で急伸した後、2023〜2024年にドイツでの補助金制度変更などを背景に一時減速したが、2025年初頭には回復の兆しが見え始めている。ドイツのヒートポンプ協会(BWP)は2025年に30%以上の販売回復を見込んでおり、英国では2024年に63%の販売急増を記録した。

市場規模で見ると、Global Market Insightsの推計では欧州ヒートポンプ市場は2024年の€122億から2034年に€710億超に成長すると予測されている。欧州委員会は2030年までに3,000万台の新規ヒートポンプ設置を求めており、各国で化石燃料ボイラーの段階的禁止が広がっている。ノルウェー、スウェーデン、デンマークなどの北欧諸国は石油ボイラーの禁止を実施済みで、オランダは新築住宅のガス管接続を廃止している。

ダイキン──欧州12工場、ポーランド新工場で€3億投資

日本メーカーの中で最も積極的に欧州展開を進めているのがダイキンだ。2024年度の連結売上高は約€290億(過去最高)を記録し、全世界で103,500人以上を雇用する。

欧州における戦略の中核は「近接生産(Proximity Strategy)」──欧州市場向けの製品を欧州域内で開発・製造するというものだ。2026年時点で欧州に12のHVAC-R製造拠点を持ち、ベルギー・ドイツ・チェコ・ポーランドなどで生産能力を拡大してきた。

特に注目されるのがポーランドのウッチ地域に建設された新工場で、投資額は€3億に達する。この工場はダイキンの欧州最大の生産拠点となり、年間100万台のヒートポンプ製造能力を持つ。2026年3月にはFT(Financial Times)傘下のfDi Intelligenceから「投資インパクト賞」を受賞し、欧州における戦略的クリーンテック投資として高く評価された。

日本メーカー3社の欧州ヒートポンプ生産拠点を示す地図型インフォグラフィック。ダイキンはポーランド(€3億、年産100万台)、ベルギー、ドイツ、チェコ、イタリアなど12拠点。パナソニックはチェコ・ピルゼン(€3.2億、年産140万台目標)。三菱電機は英国(Ecodan R290製造)。3社とも欧州域内に生産・R&D拠点を持つ。
日本メーカー3社の欧州ヒートポンプ投資マップ:ダイキン(€3億)・パナソニック(€3.2億)が中欧に大型工場を構え、三菱電機は英国で製造。いずれもEU域内生産体制を構築済み(出典:各社プレスリリース、2025-2026年をもとに作成)

技術面では、2026年3月にイタリアのR&Dセンターで開発したプロパン(R-290)冷媒のヒートポンプ新製品ラインを発表。GWP(地球温暖化係数)が極めて低い自然冷媒への転換を進めることで、2025年発効のEU F-Gas規制強化にも先手を打っている。ベルギー・オーステンド工場は2026年に4度目の「Factory of the Future」賞を受賞し、12年連続でこの称号を維持している。

パナソニック──チェコに€3.2億投資、「ギガファクトリー」稼働

パナソニックは2025年8月、チェコ共和国ピルゼンの工場を大規模リニューアルして再稼働させた。投資額は€3.2億(約530億円)で、生産能力を250%拡大。2030年までに年間140万台(室内機・室外機合計)の生産能力を実現する計画だ。

最大のポイントは、生産とR&Dを東南アジアから欧州へ移管している点だ。2028年までにピルゼンのR&Dチームがエアツーウォーターヒートポンプの開発ライフサイクル全体を管理する体制に移行する。EU域内でのサプライチェーン・ローカライゼーションは、地政学リスクへの対応と輸入品の「エンベデッドカーボン」(製品輸送に伴うCO₂)削減の両面で意義が大きい。

工場自体も「ネットゼロファクトリー」として設計されている。屋上に1MWの太陽光発電システムを設置し、グリーン電力の購入と組み合わせ、廃熱の再利用や雨水循環システムも導入。80台のロボットが稼働し、将来的にはAGV(無人搬送車)やAMR(自律型移動ロボット)の導入も計画されている。パナソニックのHVAC Europe CEOであるFukunaga氏は、欧州はサステナビリティの受容度が特に高い市場であり、ピルゼン工場への投資は市場成長への確信を示すものだと述べている。

三菱電機・三菱重工──R290冷媒とハイパーヒーティングで差別化

三菱電機は欧州でEcodan(エコダン)ブランドのエアツーウォーターヒートポンプを展開している。2025年4月にはR290冷媒対応のEcodan新シリーズ(8.5kW、10kW、12kW)を投入し、英国で製造を行っている。−25℃の外気温でも75℃の温水を供給できるハイパーヒーティング性能を強みとしており、北欧や英国の寒冷地市場で競争力を発揮する。

米国市場では、合弁会社Mitsubishi Electric Trane HVAC US(METUS)を通じて2026年3月にecodan Proブランドの商業用ヒートポンプ新ラインを発表した。

一方、三菱重工グループの三菱重工サーマルシステムズは、欧州市場向けにHydrolution EZYシリーズを展開。2025年10月にR290冷媒対応の6kW・7.1kWモデルを追加し、モノブロック型(室外機に水熱交換器を内蔵)で施工の簡便さを訴求している。運転時の騒音レベルが34dB(A)と極めて静粛なことも、欧州の住宅密集地での設置に適した特徴だ。

中国メーカーの台頭と「Made in EU」ルールの意味

欧州市場は日本メーカーだけの競争ではない。世界のヒートポンプの約40%は中国で製造されており、中国は最大の生産国かつ輸出国で、その多くが欧州向けだ。中国政府も2025年に「ヒートポンプアクションプラン」を発表し、生産・普及の両面で拡大を目指している。

これに対してEUは、公共調達における「Made in Europe」ルールの導入を検討中だ。欧州はソーラーパネルで中国依存が深刻化した教訓から、ヒートポンプでは域内生産を重視する姿勢を強めている。EDFの補助金が「EU製品限定」とされていることも、この文脈で理解できる。

日本メーカーにとって、この「Made in EU」要件は参入障壁ではなくむしろ追い風だ。ダイキン・パナソニック・三菱電機のいずれも欧州域内に生産拠点を持ち、現地設計・現地製造の体制を構築済みであるため、「EU製品」として補助金の対象となる。中国メーカーが域外生産のまま補助金対象外となれば、日本メーカーの競争優位はさらに強まる。

日本国内──ZEH政策とヒートポンプ普及の加速

日本国内でもヒートポンプの普及は政策の柱となっている。資源エネルギー庁の方針では、2050年にストック平均でZEH・ZEB基準の省エネ性能を確保することを目指し、2030年度以降に新築される住宅はZEH基準の省エネ水準の確保を目標としている。

ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の実現には、高断熱化に加えて高効率設備の導入が不可欠であり、エコキュート(ヒートポンプ給湯機)はその中核技術だ。「給湯省エネ2025事業」では、エコキュートをはじめとする高効率給湯器の導入に補助金が交付されている。さらに、太陽光発電の自家消費と連動してお昼の時間帯に沸き上げをシフトする「おひさまエコキュート」の普及も後押しされている。

第7次エネルギー基本計画(2025年2月閣議決定)では、2040年に向けてヒートポンプやコージェネレーションを含む熱供給の効率化を推進する方針が示されており、電化・非化石転換と一体的に進めることが明記された。日本のエネルギー消費のうち住宅が占める割合は約13.8%であり、住宅のZEH化による省エネ効果は全体に大きなインパクトを持つ。

事業開発の示唆──「ヒートポンプ+太陽光+蓄電池」統合パッケージの商機

以上の動向を踏まえると、エネルギー企業や新規事業開発担当者にとって、以下のような事業機会が浮かび上がる。

1. 欧州向け「ヒートポンプ×再エネ」統合ソリューション
フランス政府はヒートポンプと太陽光発電の組み合わせを明確に推奨している。おひさまエコキュートのような太陽光連動型ヒートポンプの発想は、欧州でも大きな可能性がある。太陽光+蓄電池+ヒートポンプを一体設計した「オール電化パッケージ」は、DPE改善とCO₂削減を同時に訴求できる。

2. 産業用ヒートポンプ市場への参入
IEAは、産業部門でのヒートポンプ導入(200℃までの中温帯域)が急拡大すると予測している。ダイキンの2MW級モジュラーヒートポンプのように、工場やディストリクトヒーティング向けの大型産業用製品は今後の成長分野だ。

3. 施工技術者の育成・認証ビジネス
フランスでは施工技術者の不足がヒートポンプ普及のボトルネックとなっており、2027年までに30,000人の新規育成が必要とされている。日本メーカーの施工トレーニングプログラム(ダイキンの欧州61拠点の研修センターなど)は、この課題解決と市場シェア拡大を結びつける好例だ。

4. 国内ZEH市場でのポジション構築
2030年度以降の新築ZEH義務化に向けて、ヒートポンプ+太陽光+蓄電池+HEMSを統合提案できるプレイヤーは住宅デベロッパーから選ばれやすくなる。特にGX志向型住宅(省エネ性能をさらに深掘りした次世代ZEH)向けの高効率ヒートポンプ需要は今後急拡大が見込まれる。

まとめ

ヒートポンプは、脱炭素・エネルギー安全保障・光熱費削減という三つの課題を同時に解決しうる技術として、欧州を中心に政策的な追い風が一段と強まっている。EDFの€2.4億支援、フランスの「年間100万台」目標、EUの「Made in Europe」政策は、いずれも市場の構造的拡大を裏付けるシグナルだ。

この巨大な市場変化の中で、ダイキン(ポーランド€3億)、パナソニック(チェコ€3.2億)、三菱電機・三菱重工(英国・欧州拠点)の日本メーカー3社は、欧州域内生産体制を先行的に構築し、「Made in EU」要件の恩恵を受ける好位置にある。R290自然冷媒への転換やハイパーヒーティング技術など、技術面での差別化も進んでおり、中国メーカーとの競争で優位に立てる条件は揃っている。

国内では、ZEH政策の加速がヒートポンプ需要を後押しし、太陽光・蓄電池との統合提案が事業機会を拡大させる。ヒートポンプは「空調機器」の枠を超えて、建物の脱炭素化とエネルギーシステムの電化を担う基盤技術へと進化しつつある。

参考文献

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  • Connexion France, “France chases ‘one million annual heat pump’ goal, but is it feasible?” April 2026. connexionfrance.com
  • pv magazine, “Heat pumps may help boost residential solar in France,” April 16, 2026. pv-magazine.com
  • The Local France, “Heat pumps and EV leasing: France unveils energy cost aid plan,” April 20, 2026. thelocal.fr
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  • Daikin Central Europe, “Daikin Europe factory in Ostend wins Factory of the Future Award 2026,” February 24, 2026. daikin-ce.com
  • pv magazine, “Daikin launches new propane heat pumps for commercial, industrial applications,” March 3, 2026. pv-magazine.com
  • Panasonic Newsroom Global, “Panasonic officially started operations at the new building in its Czech factory,” August 29, 2025. news.panasonic.com
  • Sustainable Business Magazine, “Panasonic Invests €320m into European Heat Pump Production and R&D with Grand Opening of Pilsen Factory,” August 30, 2025. sustainablebusinessmagazine.net
  • MHI, “MHI Thermal Systems Launches Two New Models of Air-to-Water Heat Pumps Using Natural Refrigerant R290 for European Market,” October 30, 2025. mhi.com
  • pv magazine, “Mitsubishi Electric debuts new residential air-source heat pumps,” April 4, 2025. pv-magazine.com
  • HPT, “Heat Pumps at the Heart of Global Decarbonisation: Insights from the IEA World Energy Outlook 2025,” January 8, 2026. heatpumpingtechnologies.org
  • IEA, “Is a turnaround in sight for heat pump markets?” February 7, 2025. iea.org
  • 資源エネルギー庁, 「更なる省エネ・非化石転換・DRの促進に向けた政策について」, 2025年5月12日. meti.go.jp
  • 資源エネルギー庁, 「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)に関する情報公開について」. enecho.meti.go.jp

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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