一次調整力の上限価格が半分以下へ──系統用蓄電池「需給調整依存モデル」の終わり

系統用蓄電池(BESS)の収益モデルが、静かに、しかし決定的に組み替わろうとしている。国内の蓄電所ビジネス市場は2030年度に4,240億円へと拡大する見通しだが、その成長を牽引してきた需給調整市場では、収益の柱である一次調整力の上限価格が大幅に引き下げられる。「需給調整市場に賭ければ儲かる」という初期の方程式は、いま前提から書き換えられつつある。

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蓄電所市場は6年で9.4倍──ただし追い風一色ではない

矢野経済研究所が2026年1月に公表した予測によれば、国内の蓄電所ビジネス市場規模は2024年度の450億円から、2025年度に750億円、2030年度には4,240億円へと拡大する。6年で約9.4倍という急成長だ。

背景にあるのは再エネ比率の上昇である。経済産業省のエネルギー需給実績では、2012年度に約10%だった再エネ比率は2023年度に約23%へ上昇した。太陽光・風力の出力変動を吸収する調整力の必要性が高まり、その担い手として蓄電所への期待が集まる。政府も2030年度の系統用蓄電池の導入見通しを累計14.1〜23.8GWhと置いている。

数字だけを見れば、蓄電所は成長市場の申し子に見える。だが収益の内実に踏み込むと、話はそう単純ではない。

収益の柱・需給調整市場で何が起きているのか

蓄電所ビジネスの収益は、大きく4つの市場から得られる。実際に充放電した電力量(kWh価値)を売買する卸電力取引所(JEPX)、需給バランスの調整能力(ΔkW価値)を取引する需給調整市場、将来の供給力(kW価値)を取引する容量市場、そして脱炭素電源への新規投資に原則20年間の固定収入を付与する長期脱炭素電源オークションだ。

このうち、2024年4月に全面開場した需給調整市場は、応答速度に優れる蓄電池が強みを発揮しやすい領域として、初期の収益の柱となってきた。とりわけ瞬時の周波数変動に対応する一次調整力(GF機能)は、蓄電池の即応性が高く評価される商品である。

ところが同市場は開場以来、慢性的な応札不足に悩まされてきた。募集量に応札量が届かず、上限価格付近での約定が常態化する。本来はプライステイカー(価格受容者)であるべき市場で、入札者側が価格決定力を握る歪んだ状態が続いてきたのである。

この歪みを正すため、経産省は一次調整力等の上限価格を引き下げる。ここで注意したいのは、その手法が一度きりの引き下げではなく段階的である点だ。現在の19.51円/ΔkW・30分から、まず15円へ。市場の競争状況に改善が見られない場合、10円、そして7.21円へと段階的に引き下げる方針である。到達点となる7.21円は現行の半分以下にあたる。

一次調整力の上限価格が4段階で下がることを示す階段状の棒グラフ。左から現行19.51円、第1段階15円、条件付き10円、到達点7.21円(いずれも円/ΔkW・30分)と降順に並ぶ。
上限価格は一度に7.21円へ下がるのではなく、まず15円、競争状況次第で10円・7.21円へと段階的に引き下げられる。到達点は現行の半分以下だ。

「前日取引化」との同時進行が意味すること

この上限価格改定は、単独で進むわけではない。もう一つの制度変更──前日取引化──と同時進行している点が重要だ。

従来、一次〜三次調整力①は実需給の1週間前に取引される「週間商品」だった。1週間先の需給を読み込むリスクが応札価格に上乗せされ、それが応札不足と価格高騰の一因になっていた。この不確実性を減らすべく、2026年3月13日の取引(3月14日受渡分)から、これらの商品は前日取引へと移行した

移行後の初期データは示唆に富む。前日取引化によって複合商品・一次調整力ともに応札量は増加し、前日取引化後の複合商品の平均約定単価は2.86円/ΔkW・30分と、上限価格の水準を大きく下回った。一方で、一次調整力の応札未達は依然として解消されていない。募集量削減・上限価格引き下げ・前日取引化という三点セットが、市場価格を構造的に押し下げる方向に働き始めている。

蓄電所事業者にとって、これは「需給調整市場で稼ぐ」という前提そのものの再設計を迫るものだ。

単一市場依存はIRRを毀損する──「利益関数の選択」という視点

ここで事業開発の観点が決定的に効いてくる。

需給調整市場、とりわけ一次調整力への依存度が高い収益設計は、上限価格の低下と約定単価の下落を直撃で受ける。単一市場に賭けた蓄電所は、制度改定一つでIRR(内部収益率)が大きく毀損しかねない。

鍵は、卸×容量×需給調整×長期脱炭素電源オークションという複数の収益源を、時間帯・季節・市場環境に応じて動的に切り替える「マルチユース運用」にある。どの瞬間にどの市場へ容量を割り当てれば利益が最大化するか──いわば「利益関数の選択」を最適化できるかどうかが、収益を分ける。

中央に系統用蓄電池を置き、卸電力市場(JEPX)、需給調整市場、容量市場、長期脱炭素電源オークションの4つの収益源が周囲に配置されたハブ図。各市場にkWh価値・ΔkW価値・kW価値・固定収入の対応が併記され、需給調整市場が強調されている。
系統用蓄電池の収益は4市場にまたがる。
上限価格引き下げの影響を最も受けるのが需給調整市場(ΔkW価値)であり、これら市場を組み合わせるマルチユース運用の巧拙が収益を分ける。

さらに中期的には、kWh価値とΔkW価値を同時に最適化して約定する「同時市場」の導入も検討されている。市場設計が高度化するほど、それを使いこなす運用力の巧拙が収益格差として顕在化していく。

実案件が示す二つの道──レノバの姫路と苫小牧

この構造転換は、実案件の設計思想にすでに表れている。

レノバが出光興産らと共同で開発し、2025年10月に運転を開始した姫路蓄電所(兵庫県姫路市、15MW/48MWh)は、需給調整市場・容量市場・卸電力市場の裁定取引で収益を得る「マーチャント型」だ。長期の固定収入を持たないぶん市場環境に収益が左右されるが、国内で初めて系統用蓄電事業のプロジェクトファイナンスを組成した先駆的案件でもある。まさに今回の制度改定の影響を正面から受ける類型といえる。

一方、同社が長期脱炭素電源オークションで落札した苫小牧(90MW)・白老(50MW)・森町睦実(75MW)の計215MWは、対照的な設計だ。20年間の固定的な容量収入を背景に、2029年度以降のEBITDAを年間25〜30億円程度と見込む。市場変動への耐性は高いが、収益の約9割を還付する仕組みのため、市場高騰局面での上振れは限定される。

マーチャントの機動性と、オークションの予見性。どちらが正解というものではなく、事業者はこの二つの利益関数の間で、自社のリスク許容度と資金調達構造に応じたポジションを選ばなければならない。

市場設計の巧拙が収益を分ける局面へ

蓄電所市場が9.4倍に拡大するという絵姿は、おそらく実現する。だが、その果実が事業者に等しく配分されるわけではない。

需給調整市場の上限価格引き下げは、「制度の追い風に乗るだけ」のモデルの終わりを告げている。これからの蓄電所ビジネスは、複数市場をまたいだ最適運用と、制度設計の先を読んだ収益構造の設計力──すなわち市場設計の巧拙──によって、収益が明確に分かれていく。単一市場への依存を脱し、利益関数を能動的に選び取れる事業者だけが、4,240億円市場の成長を自社の収益に変えられる。

参考リンク集

一次ソース

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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