アンモニア(NH3)は、水素を運ぶ媒体(キャリア)として注目が高まっています。NH3は常圧で−33℃で液化し、既存の肥料インフラを生かしやすい一方、毒性やNOx管理、クラッキング効率が導入設計の鍵になります。
- アンモニア製造は、ブルー水素もしくはグリーン水素を原料として用いる方法の二本柱で進んでいます。
- 輸送・貯蔵は、低温常圧(約−33℃)または常温加圧(約10 bar)を選び、既存設備の改修可否を見極めます。
- クラッキングは触媒と温度域が要点で、用途ごとの水素純度要件が設計を左右します。
1. アンモニアが「水素キャリア」として期待される理由
1-1. 物性の基礎
アンモニアは1気圧で−33.3℃で沸騰し、約10 barなら常温(25℃)でも液体として扱えます。この「低温または低圧で液体にできる」という性質が、水素キャリアに適していると考えられる所以です。
比較の軸を持つと理解が進みます。現在の水素キャリアとして主流の液体水素(LH2)は約−253℃という極低温が必要ですが、アンモニアは−33℃または常温+加圧で液体になります。
一方で、アンモニアは毒性と腐食性があるため、検知・換気・材料選定はLPGやLNGより厳密に考える必要があります。取り回しの容易さと安全対策は常にセットで考える必要があります。
1-2. 体積当たり水素密度(Volumetric H2 Density)
体積水素密度は「同じ体積にどれだけ水素(質量)を運べるか」を示す指標です。数字でみると、液体アンモニアは約120 kg-H2/m3、液体水素は約71 kg-H2/m3が目安です。つまり、船やタンク1立方メートルあたりに積める“水素の量”はアンモニアの方が多い計算になります。
一方で、アンモニアは最終的にクラッキング(分解)して水素を取り出す場面が多く、ここで熱と装置コストがかかります。輸送では有利、末端ではエネルギーを支払う——このトレードオフが“アンモニアを水素キャリアとして使う設計思想”の肝です。体積効率の高さとクラッキング損失のバランスを、用途(発電・産業炉・燃料電池)ごとに最適化します。
| 項目 | 液体アンモニア | 液体水素 |
|---|---|---|
| 体積水素密度(目安) | 約120 kg-H2/m3 | 約71 kg-H2/m3 |
| 液化条件 | −33℃・1 bar / 25℃・約10 bar | 約−253℃・1 bar(極低温) |
| 運用の勘所 | 輸送・貯蔵が比較的容易。クラッキング熱が必要。 | 極低温設備が大型化。末端でそのままH2利用可。 |
まとめとして、「運びやすさ」ではアンモニアが優位、「使いやすさ」では水素が優位になりやすい構図です。どちらが良いかは、サプライチェーン全体(製造→輸送→末端)で判断するのが実務的です。
2. 製造(アンモニア合成)の基礎
2-1. ハーバー・ボッシュ法(Haber–Bosch)
アンモニアは、窒素(N2)と水素(H2)を鉄系などの触媒で反応させてつくります。運転条件はプラントごとに異なりますが、おおむね400〜600℃・150〜250 barの範囲で最適点を探るのが一般的です。合成塔だけでなく、原料の純度管理、循環圧縮、熱統合(発熱・吸熱のやりくり)がエネルギー収支の鍵になります。
| 主要ユニット | 役割 | 押さえるべき勘所 |
|---|---|---|
| 空気分離装置(Air Separation Unit) | 空気から高純度N2を得る | O2やH2Oの混入は触媒劣化の要因。N2純度と乾燥が重要。 |
| 水素製造設備 | H2の供給(化石燃料改質 or 水電解) | 後段のCO除去や乾燥工程で触媒保護。COは微量でも活性に影響。 |
| 合成ループ | 触媒塔・循環圧縮・冷却・分離 | 一回転の転化率は低いが、循環で全体収率を高める発想が基本。 |
| 熱統合 | 反応熱・顕熱の回収と再利用 | 熱交換を最適化すると電力・燃料の使用量が大きく下がる。 |
2-2. 原料水素による色分け
アンモニアの色(グレー/ブルー/グリーン)の違いは、「水素をどう作るか」と「CO2の強度」です。アンモニア合成そのもの(N2+H2→NH3)は同じでも、原料のH2の作り方でコストとLCAが変わります。
| ルート | H2の作り方 | CO2の特徴 | コストの勘所 |
|---|---|---|---|
| グレー | 天然ガス等の改質(SMR/ATR等) | 改質時のCO2が排出される | 設備成熟度は高いが、カーボンプライスの影響を受けやすい |
| ブルー | 化石燃料改質+CCS(Carbon Capture and Storage) | 回収率・漏えい・輸送距離でLCAが変動 | CO2回収・圧入のCAPEX/OPEXがポイント |
| グリーン | 再エネ電力での水電解 | 電源がクリーンならCO2強度は小さい | 電力価格と稼働率が決定要因。長期PPAの有無で大きく変わる |
どのルートを選んでも、最後は同じ合成ループに入ります。
2-3. 水電解の方式
水電解は複数の方式があります。違いは電極・膜・運転温度にあり、電力の性質(安定か・変動か)や熱の有無で適材が変わります。まずは「電力条件」と「統合できる熱源」を軸に初期選定すると迷いません。
| 方式 | 特徴(初学者向けの要点) | 技術成熟度 |
|---|---|---|
| アルカリ水電解(Alkaline Water Electrolysis: AWE) | 実績が豊富で大型化しやすい。装置コストが相対的に低い。 | 商用(TRL9) |
| プロトン交換膜(Proton Exchange Membrane: PEM) | 負荷追従に強く、変動再エネに直結しやすい。貴金属触媒がコスト要因。 | 商用(TRL9) |
| 陰イオン交換膜(Anion Exchange Membrane: AEM) | 低コスト化の期待株。膜・触媒の材料開発が進行中。 | 実証〜準商用 |
| 固体酸化物(Solid Oxide Electrolysis Cell: SOEC) | 高温で高効率。余熱や工業排熱と熱統合すると効果的。 | 実証〜準商用 |
方式の選び分けは次のイメージが便利です。「安くて安定した電力が確保できるならAWE」「変動再エネを追従するならPEM」「高温の余熱を活かすならSOEC」。AEMは低コスト化のポテンシャルが評価されており、今後の改良に注目が集まります。

結論として、アンモニアの合成プロセス自体は成熟しています。実務的な差は原料の水素調達(電力価格・稼働率・CO2強度)で生まれます。
3. 輸送・貯蔵の設計
港湾から工場等の需要地までの輸送・貯蔵の設計は、まず貯蔵・輸送の温度と圧力を決めるところから始まります。
- 使い分けの目安:港湾の大容量保管は「低温・常圧」、内陸のサテライトや移動体中心なら「常温・加圧」がフィットしやすい。
| 方式 | 典型条件 | 長所 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 低温・常圧(Fully refrigerated) | 約−33℃・約1 bar、等温タンク | 大容量で単位コスト低減。港湾・タンカーの実績が豊富。 | 漏えい時の霧化・拡散対策を重視。 |
| 常温・加圧(Pressurized) | 約25℃・約10 bar(液相維持) | 低温設備が不要。小規模基地や内陸輸送に適合。 | 昇圧による漏えいリスク管理。 |
4. クラッキング(アンモニア分解)の基礎
4-1. 何をしているのか
クラッキングは、アンモニアを加熱して水素に“戻す”工程です。式で書くと NH3 → 2/3H2 + 1/2N2(可逆・吸熱)。温度を上げるほど分解は進みますが、同時にエネルギー代も増えます。
よくあるクラッキングの考え方は2通りです。①港や受入基地の近くでまとめて分解してから配る、②使う直前(工場・発電所)で小規模に分解する。前者は規模の経済、後者は柔軟性が強みです。
4-2. 温度と“触媒”はこのイメージ
触媒は「分解を助ける材料」です。役割のイメージだけ押さえれば十分です(温度はおおまかな目安)。
| 触媒 | 温度の目安 | 向いている場面 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| ニッケル系(Ni) | やや高温 | 発電・産業炉など大流量 | 手に入りやすくコストが比較的低い |
| ルテニウム系(Ru) | 中温 | 小型・頻繁な起動停止 | 低温で良く働くが高価 |
| 鉄系など(Feほか) | 高温 | 高温の熱源と組み合わせ | 頑丈だが温度は高め |
4-3. どれくらい“きれいな”水素が必要?
分解後のガスには微量のアンモニアが残ります。用途によって許される量が違うため、必要なら「吸着(圧力変動吸着:Pressure Swing Adsorption, PSA)」や「膜分離(Membrane)」で精製します。
| 用途 | 必要純度の目安 | ポイント |
|---|---|---|
| ガスタービン・ボイラー | 中(おおむね95%前後) | 燃焼の安定とNOx対策が中心。精製はほどほど。 |
| PEM燃料電池(固体高分子形) | 非常に高い(約99.97%クラス) | 触媒を守るため残留NH3は極低濃度に。 |
| SOFC(固体酸化物形) | 中〜高 | 高温運転で分解が進みやすい。熱との相性がカギ。 |
まとめると、クラッキングは「運びやすいアンモニア」から「使いやすい水素」に変える工程です。見るべきは熱の確保・必要純度・使い道の3点だけ。ここが決まれば、装置やコストの大枠は自然と固まります。
5. 用途別の設計指針
まず「用途(発電・熱・電池)」と「要求純度」を固定します。つぎに、改修規模・停止時間・規制(NOxなど)で方式を絞ります。
5-1. 発電用途(ガスタービン/エンジン)
| 方式 | 適用シナリオ | 主な価値 | 主要リスク/留意点 |
|---|---|---|---|
| NH3直接燃焼 | 短期に混焼・改修最小で導入 | クラッカー不要で系が簡素 | 着火性・火炎速度、NOx抑制の難度 |
| クラッキング→H2燃焼 | 中期に高い発電安定性を確保 | 燃焼安定・高い負荷追従 | クラッカーCAPEX/OPEX、熱統合の複雑化 |
| 化石燃料との混焼 | 段階導入・早期の削減見える化 | 改修が小さく導入容易 | 削減量が段階的、燃料価格変動の影響 |
5-2. 産業炉・ボイラー
| 方式 | 適用シナリオ | 主な価値 | 主要リスク/留意点 |
|---|---|---|---|
| 混焼から開始 | 短時間停止で試験導入 | 最小投資で効果検証 | 削減効果が限定、燃焼安定性の確保 |
| 本格導入(クラッカー設置) | 排熱統合を含む恒常運用 | コストと排出の同時最適 | 停止計画の確保、CAPEX増、保全負荷 |
5-3. 燃料電池(PEMFC/SOFC)
| 方式 | 適用シナリオ | 主な価値 | 主要リスク/留意点 |
|---|---|---|---|
| PEMFC(固体高分子形) | 分散電源・非常用・モビリティ | 高効率・瞬時応答 | 精製コスト上昇、触媒被毒の回避 |
| SOFC(固体酸化物形) | 工場の定常電源・排熱活用 | 熱電併給・高効率 | 起動停止時の熱応力、材料劣化管理 |
6. コストとLCAの見方
コスト・LCAを理解するためには、原価の“効きどころ”とCO2強度の“ボトルネック”の理解が必要です。一般に、グリーン系では電力費の比率が大きく、ブルー系ではCCS関連費が鍵になります。結論を先に述べると、「電力価格×稼働率×物流距離」で8割が決まると言えるでしょう。
6-1. コスト分解(重点の置き方)
| 区分 | 主因 | コスト低減策 |
|---|---|---|
| 製造(H2/NH3) | 電力単価・稼働率・触媒寿命 | 長期PPA・熱統合・稼働の平準化 |
| 輸送・貯蔵 | 船型/距離・低温/加圧方式 | ルート設計・スケールメリット |
| クラッキング | 熱源効率・純度要件 | 排熱回収・必要純度だけを確保 |
| 安全・環境 | NOx/N2O・検知/換気 | 設計前倒し・訓練/手順の標準化 |
6-2. LCA(CO2強度)で考慮すべき点
- 上流の水素:再エネ比率・CCS回収率・漏えい管理で差が出ます。
- 物流:冷凍/圧縮の電力と船・陸送の燃料が効きます。
- 末端:燃焼のNOxや分解時の熱活用が影響します。
7. 進む実証と主要プレイヤー(日本・海外)
国内は「混焼・港湾受入・分散合成」、海外は「長期サプライ・港湾クラッキング・舶用化」の動きが加速しています。
7-1. 日本(実証・案件と主要プレイヤー)
代表的な実証・案件(抜粋)
| 区分 | 内容 | 場所/規模 | 時期・進捗 | 関係者 |
|---|---|---|---|---|
| 発電(石炭混焼) | 石炭火力でアンモニア20%熱量混焼の実証 | 愛知・碧南(1GW級) | 2024年 実証完了(NOx悪化なし) | JERA・IHI(開始/結果) |
| 舶用(バンカリング) | トラック→船のアンモニア供給実証(A-Tug向け) | 横浜周辺 | 2024年 計画公表・準備 | JERA ほか(報道) |
| ガスタービン | F級条件のアンモニア燃焼器開発・大規模試験 | 国内実験設備 | 2025年に試験設備整備へ | IHI・GE Vernova(発表) |
| 分散合成 | 低温低圧触媒による小型アンモニア製造(〜500 t/年) | 国内複数拠点 | 2024年 追加受注・新機種公表 | Tsubame BHB(受注/新機種) |
| 港湾ガイド | 港湾における水素・アンモニア受入ガイドライン(中間) | 全国港湾 | 2025年3月 公表(中間とりまとめ) | 国交省港湾局(資料/本文) |
主要プレイヤー(日本)
- 発電・燃焼:JERA(混焼実証)、IHI(燃焼器・ボイラー)、GE Vernova(GT協業)。
- 分散合成:Tsubame BHB(低温低圧触媒×小型プラント)。
- 港湾・規格:国交省(受入ガイド)、ClassNK(運用ガイド)、自治体・港湾管理者。
- 商社・物流:三井物産(UAE低炭素アンモニア計画の関与)など。
7-2. 海外(実証・案件と主要プレイヤー)
代表的な実証・案件(抜粋)
| 区分 | 内容 | 場所/規模 | 時期・進捗 | 関係者 |
|---|---|---|---|---|
| 舶用(ゼロエミ航行) | Amogyの船上クラッキング+PEMでのタグ航行実証 | 米NY・ハドソン川支流(約1 MW級) | 2024年 初航行報道 | Amogy(Maritime Executive/AP) |
| 舶用(設計適合) | Lloyd’s RegisterがAmogyのアンモニア発電システムにAiP | — | 2022年 AiP付与 | Amogy×LR(Riviera) |
| サプライ連携 | Yara Clean AmmoniaとAmogyが協業合意(将来船舶案件での適用検討) | 北欧ほか | 2022年 合意 | Amogy×Yara(Amogy/GNW) |
| 港湾クラッキング | 膜反応器クラッカーで高純度H2(港湾適用) | 欧州港湾(〜1 t-H2/日級) | 2025年 展開準備 | H2SITE(Offshore Energy) |
| 舶用(STS転送) | アンモニアの船対船移送実証 | 欧州近海 | 2024年 実施 | Trafigura(PR) |
| 製造(低炭素) | UAEで低炭素アンモニア100万t/年計画 | アルルワイス | 2027年 稼働見込み | TA’ZIZ・Fertiglobe・三井物産ほか(三井物産) |
| 製造(CCS対応) | 米テキサスのクリーンアンモニア(約1.1 Mt/年級) | テキサス・ボーモント | 2024年 Woodsideが取得完了 | Woodside(OCI/Woodside) |
主要プレイヤー(海外・更新)
- Amogy(米):アンモニア→電力の船上クラッキング+PEM。タグ航行実証(2024)、LR AiP(2022)、Yaraと協業。投資家にSK Innovation・Aramco Ventures・Amazon CPF等(航行/AiP/Yara連携/資金調達)。
- Yara Clean Ammonia(ノルウェー):グリーン/ブルーの長期オフテイクと港湾サプライ網(ACMEと長期契約)。
- H2SITE(西):膜反応クラッカー(港湾・船上で高純度H2供給、船上実証)。
- Topsoe/KBR:合成・クラッキングの基盤技術供給(Topsoe/KBR H2ACT)。
- MAN ES/Wärtsilä:アンモニア対応舶用エンジンの開発(MAN ES/Wärtsilä)。
- Trafigura/Vopak:STS転送・ターミナル運営などロジ基盤(Trafigura)。
- Woodside/Fertiglobe/ADNOC:クリーンアンモニア製造・輸出の拠点形成(Woodside)。
参考リンク集
物性・安全運用
- ClassNK「Ammonia Operation Guidelines」(2024/12)
- EPSC「Hazards and Risks of Anhydrous Ammonia」(2023/06/02)
- Engineering Toolbox「Liquid Ammonia – Thermal Properties」
合成・水素製造(総論/評価)
- IEA「Ammonia Technology Roadmap」(2021/10/11)
- IEA「Electrolysers」技術ページ
- U.S. DOE「Hydrogen Shot: Water Electrolysis Technology Assessment」(2024/12/04)
- IEAGHG「Analysis of electrolytic hydrogen」(2024/06)
- IEA「Global Hydrogen Review 2024」(2024/10/02)
電解方式の比較
輸送・港湾・受入ガイド
クラッキング・膜分離
国内の実証・企業動向
- JERA×IHI:石炭火力でのアンモニア混焼実証(開始) / 実証結果(NOx悪化なし)
- IHI×GE Vernova:F級条件のアンモニア燃焼器開発(試験設備整備)
- Tsubame BHB:小型アンモニア製造の受注発表 / 新機種 GCT100 公表
- Offshore Energy:JERAのTruck-to-Shipバンカリング計画
海外の実証・舶用化
- Maritime Executive:Amogyのアンモニア→PEMでのタグ航行実証 / AP:関連報道
- Riviera:AmogyのLR AiP取得
- MPA Singapore:世界初の港内アンモニア燃料運用実証
- Trafigura:アンモニアの船対船(STS)移送実証
サプライ契約・製造プロジェクト
- Yara Clean Ammonia × ACME:グリーンアンモニア長期契約
- 三井物産:UAE TA’ZIZ/ Fertiglobe 低炭素アンモニア計画
- OCI:米ボーモント案件の売却合意 / Woodside:取得完了

