レーザー核融合スタートアップ Inertia Enterprises、シリーズAで4.5億ドルを調達——「実証済みの物理」を商用炉につなげる挑戦

レーザー核融合炉のチャンバー内部で、複数の青白いレーザービームが中央の燃料ターゲットに集束している様子。記事タイトル「レーザー核融合スタートアップ Inertia Enterprises シリーズAで4.5億ドルを調達 『実証済みの物理』を商用炉につなげる挑戦」のテキストが中央に配置されている。

核融合スタートアップに巨額の資金が流れ込む流れが止まらない。2026年2月、米カリフォルニア州リバモアに拠点を置くInertia Enterprisesが、シリーズAで4.5億ドル(約670億円)の資金調達を発表した。創業からわずか2年足らずのスタートアップとしては異例の規模であり、レーザー核融合の商用化に向けた本格的な一歩として注目を集めている。

目次

NIFの「点火」を商用炉へつなぐ

Inertia Enterprisesが手がけるのは、慣性閉じ込め核融合(ICF)と呼ばれる方式だ。ミリメートルサイズの燃料ターゲットに強力なレーザーを照射し、瞬間的に圧縮・加熱して核融合反応を起こす。いわば、小さな燃料カプセルを連続的に「爆縮」させることでエネルギーを取り出すアプローチである。

慣性閉じ込め核融合の基本プロセス。
NIFが「1発の点火」を実証したのに対し、Inertiaはこれを毎秒10回繰り返す商用炉を目指す。

このアプローチの科学的な裏づけとなっているのが、ローレンス・リバモア国立研究所のナショナル・イグニション・ファシリティ(NIF)で2022年12月に達成された制御核融合点火だ。ターゲットに投入したレーザーエネルギーを上回る核融合エネルギーが得られたこの実験は、核融合研究の歴史的な節目となった。Inertiaは、この実験の設計を中心的に担ったAnnie Kritcher博士を共同創業者兼チーフサイエンティストとして迎え、NIF由来の知見を商用プラントの設計に直接反映させる体制を築いている。

Twilio創業者が率いる異色のチーム

Inertiaの経営体制はかなりユニークだ。CEOを務めるのは、クラウド通信プラットフォームTwilioの創業者であるジェフ・ローソン氏。大規模SaaS企業をゼロから立ち上げ、上場まで導いた経験を持つ人物が、今度はハードウェアの塊ともいえる核融合発電所の事業化に挑んでいる。

CTOのMike Dunne教授は、大型レーザー施設と核融合発電所設計の両方に精通した研究者だ。ソフトウェア企業のスケールアップ手法を知るCEO、核融合点火の設計を主導した科学者、そして大型装置の建設・運用を知るCTO。このチーム構成そのものが、投資家にとっての大きな判断材料になったと考えるのが自然だろう。

技術の核心——高繰り返しレーザー「Thunderwall」

Inertiaの技術的な中核は、「Thunderwall」と名づけられた高繰り返しレーザーシステムにある。公式プレスリリースによれば、1パルスあたり10キロジュールのレーザー光を1秒間に10回照射し、ウォールプラグ効率10%を目指す設計だ。平均出力では、同種のレーザーの50倍に相当するという。

半導体レーザーダイオードをベースにしたスケーラブルな構成が採用されており、将来的にはギガワット級の発電所での連続運転を見据えている。ただし、このスペックは現時点から見てもかなり野心的で、実現までにはまだ多くの技術的課題が残る。

もう一つの重要な柱が、燃料ターゲットの量産だ。TechCrunchの報道によると、4.5ミリメートル級のターゲットを1個1ドル未満で量産する構想が示されている。NIFでは一つのターゲットを作るのに数十時間かかるとされていたことを考えれば、これを毎秒10個消費する商用炉で使える「消耗品」へと転換するのは、レーザー本体に劣らない技術的チャレンジといえる。

4.5億ドルの使い道

今回のラウンドは、Bessemer Venture Partnersがリード投資家を務め、GV(旧Google Ventures)、Modern Capital、Threshold Venturesなどが共同投資家として参加した。

注目すべきは、この資金がマイルストーン連動型で段階的に執行される仕組みになっている点だ。単なる資本注入ではなく、技術開発の各段階に応じて資金が供給される。具体的な使途としては、Thunderwallレーザーの開発・製造、燃料ターゲットの量産ラインの構築、そして人材採用が挙げられている。

TechCrunchは、Inertiaが2030年にグリッドスケール(系統接続規模)の核融合発電所の建設開始を目指すと報じている。資金計画も、この時間軸に合わせて設計されていると見てよいだろう。

核融合投資の全体像の中で

Inertiaの調達を適切に評価するには、核融合業界全体の資金動向を把握しておく必要がある。

Fusion Industry Associationなどの調査によれば、2021年以降の民間核融合投資は累計で約100億ドル規模に達し、2021年比で約5倍に拡大した。世界的に金利が上昇する局面でも、長期テーマとしての核融合は投資家の関心を集め続けている。

個別企業で見ると、トカマク型のCommonwealth Fusion Systems(CFS)は累計30億ドル超を調達し、欧州ではMarvel Fusionがレーザー慣性核融合で1億ユーロ超を確保するなど、数億〜数十億ドル規模のラウンドが珍しくなくなってきた。ただし、これらの多くはシリーズC以降やプロジェクトファイナンスに近い段階での調達だ。

主要核融合スタートアップの調達額比較。
金額ではCFSが突出するが、創業約2年のシリーズAで4.5億ドルというInertiaのステージの早さが際立つ。

その中で、Inertiaの4.5億ドルは「シリーズAとしては破格」のサイズである。創業から2年足らずの段階で、パイロットプラントとサプライチェーンの構築まで見据えた資金を一気に確保できたことは、レーザーや真空装置、冷却系といった長納期コンポーネントの先行発注を可能にし、スケジュールの前倒しにつながりうる。

GVの参加も見逃せない。AIデータセンターの急速な拡大に伴い、大手テック企業は大量のクリーン電力を必要としている。核融合はそのための長期オプションとして位置づけられており、需要側に巨大な電力消費者が控えている構図が、投資家のリスク許容度を押し上げている。

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日本企業にとっての意味

ICF型の商用炉が実現に向かうとき、必要になるのはレーザー本体だけではない。1秒あたり10発の頻度で燃料ターゲットを精密に投入し、レーザー照射と位置決めを同時に行う仕組みが必要だ。ターゲット自体も、ミリメートルサイズでありながら表面粗さや層構造にマイクロメートル精度が求められる「超精密消耗品」であり、半導体や光学デバイスの加工・検査技術と重なる領域が大きい

ここに日本企業の強みが生きる余地がある。高精度の真空チャンバーやクライオポンプ、高出力レーザー用の光学素子、半導体レーザーダイオード、セラミックスや高性能ポリマーを使ったターゲット部材——いずれも、日本が世界的な競争力を持つ精密加工・材料・真空機器の延長線上にある。半導体製造装置やリチウムイオン電池向けに培ったサプライチェーンを持つ企業であれば、仕様のすり合わせ次第で核融合向けへの転用は十分に現実的だ。

重要なのはタイミングだ。FOAK(初号機)の建設が始まる前の段階で、調達先は固まりやすい。高出力レーザーのビームライン、冷却系、電源、診断用センサーなどは、設計段階から特定のベンダーとの共同開発が進められる。一度パートナーとして選ばれれば、長期にわたる更新需要が見込める。逆にいえば、ここで声がかからなければ、あとから参入するハードルは格段に上がる。

楽観は禁物、しかし動く価値はある

もちろん、技術的なハードルは依然として高い。10キロジュール級レーザーを毎秒10発、ウォールプラグ効率10%で稼働させるというスペックは、現状から見てかなり挑戦的だ。2030年前後に初号機からの送電を目指すというスケジュールにも遅延リスクがある。規制対応、系統接続、トリチウム管理など、技術以外の課題も山積している。

それでも、AIをはじめとするデータセンター需要で電力消費が急拡大するなか、ギガワット級のクリーン電源を目指す核融合スタートアップは、エネルギー市場における長期オプションとして無視できない存在になりつつある。

日本企業にとって現実的なのは、特定の方式や一社にすべてを賭けるのではなく、複数の核融合プレーヤーと試作や小規模な共同開発を通じて接点を持ち、自社技術が最も価値を発揮できるポジションを見極めていくことだろう。今のうちに「核融合向けに転用しうる装置・材料・部品」の棚卸しをしておくことが、数年後にFOAK案件へ食い込めるかどうかの分かれ目になるかもしれない。

参考リンク集

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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