カーボンクレジット超入門:種類・制度・炭素会計SaaSまで一気に理解する

本記事は、企業のサステナビリティ/ファイナンス/サプライチェーン担当者やカーボンマネジメントに関わる事業開発、投資担当者が「全体像を短時間で把握」できるように、カーボンクレジットの仕組み主要な認証・ガバナンス規制・法律(EU ETS・CBAM・CORSIA・日本のGX-ETS等)開示基準(ISSB S1/S2)、そして関連SaaSを実務目線で整理・解説します。

この記事の読み方&前提

  • 対象読者:事業開発/サステナ/ファイナンス/サプライチェーンの実務担当。
  • 注意:制度・方法論は更新されます。実務適用前に一次情報(官公庁・IFRS・ICVCM/VCMI・各レジストリ)で最新を確認してください。
目次

そもそもカーボンクレジットとは?

カーボンクレジットとは――第三者が検証した1トンCO₂eの削減・除去の成果を、重複なく記録して取引できるようにした“環境価値の単位”です。

1トンCO₂eって何?

  • 単位:CO₂換算の“温室効果ガス1トン分”。
  • 中身:CO₂だけでなくメタン等を地球温暖化係数(GWP)でCO₂に換算。
  • 実務的な意味:クレジットはこの「1tCO₂e」を厳格に測る・記録する・一度きりで使う(リタイア)仕組み。

カーボンクレジットはどんなときに使われるか?

削減だけでは届かない部分を補うため
省エネや再エネ導入を進めても、どうしても残る排出があります。その「埋めきれない部分」を一時的に補完する手段として使われます。

製品やサービスの環境価値を高めるため
排出量を算定したうえで、残余分を信頼できるクレジットで相殺し「カーボンニュートラル」「環境貢献」などをアピールする時に用いられます。

規制や取引先の要請に応えるため
国の排出量取引制度や、国際的な炭素国境調整メカニズム(CBAM)などの規制、あるいは取引先の調達基準を満たすために必要になる場合があります。

なぜカーボンクレジットが必要?

企業に対する「温室効果ガスを減らせ」という期待と圧力は、①国際合意 → ②各国の政策・価格付け → ③投資家・会計のルール → ④サプライチェーンの要請、という順で段階的に強まりました。

その結果、まず自社で減らすことが大前提でありつつも、今の時点では技術・時間的に消せない残余排出透明に扱う手段としてカーボンクレジットが必要とされています。

①出発点:パリ協定で「世界の進む方向」が決まった

  • パリ協定(2015):世界で気温上昇を抑える目標が合意され、各国は自国の削減計画(NDC)を更新していく仕組みに。
  • 意味:「国が動く」=法律・税・取引制度が増える前提ができた、ということ。

②政策と価格付け:排出に“コスト”が乗るようになった

  • 排出量取引(ETS)や炭素税の拡大:排出に価格が付くと、減らさないほど不利に。
  • 国境調整や業界制度:EUのCBAM(輸入時の調整)や航空のCORSIAなど、越境・セクター別の仕組みも登場。
  • 日本でも前進:国のGX-ETS(段階導入)や、東京都・埼玉県の制度など、国内でも順守が必要な場面が増加。

③投資家と会計:開示の“共通言語”が整った

TCFDTask Force on Climate-related Financial Disclosures / 気候関連財務情報開示タスクフォース)で広がった考え方が、現在はISSB S2(IFRS財団の気候関連開示の国際基準)に引き継がれ、戦略・リスク管理・指標と目標を一貫して開示することが求められています。
ポイントは、総排出(Gross)クレジット活用後の純排出(Net)区別して説明できること。

④サプライチェーンの要請:取引条件として“排出”が乗ってくる

  • 大口顧客やプラットフォーマーが、見積や入札で排出データ・削減計画の提出を求める。
  • 自社だけでなく、取引先の排出(上流・下流)も見られるため、供給網全体の取り組みが問われる。

用語メモ:Scope 1〜3 とは?

引用:GHG Protocol
  • Scope 1:自社が直接出す排出(自社ボイラー・自社車両の燃料燃焼、工程由来など)。
  • Scope 2:購入した電力・蒸気・熱・冷気の使用に伴う間接排出。
  • Scope 3:上流〜下流で発生するその他の間接排出(原材料の生産、輸送、出張、販売後の使用・廃棄など)。

では、なぜクレジットが必要になるのか?

  • 技術・時間の壁:電化・工程転換・再エネ化には年単位。航空・海運・セメント等は難削減。
    → いますぐは消せない“残余排出”がどうしても残る。
  • 説明責任:ISSB S2では残余をどう扱ったかの説明が求められる。
    → 高品質なクレジットで穴埋めした根拠(数量・種類・リタイア記録)を示せる。
  • 資金循環:森林保全やメタン回収、除去(DACCS/BECCS/鉱物化等)はクレジット収入で事業性が成立するプロジェクトも多い。
    → 社会全体の削減・除去を前倒しにできる。

クレジットの主な種類

アプローチによる区分:削減/除去と自然系/技術系

カーボンクレジットは大きく「何を達成するか」=削減(Avoidance/Reduction)/除去(Removal)と、「どう達成するか」=自然系(Nature-based)/技術系(Engineered)の二軸で整理できます。

下表は代表的な方式の位置づけです(※方式によっては境界にまたがる場合があります)。

補足:IFMやバイオチャーのように、“削減”と“除去”の性格を併せ持つ方式もあります。実務では、追加性・耐久性・MRV(測定・報告・検証)・二重計上防止の観点で品質を評価し、プロジェクトの方法論に従って区分します。

※ DACについて解説した記事はこちら

※ DOCについて解説した記事はこちら

市場の区分:ボランタリー(VCM)と規制(コンプライアンス)

ボランタリー市場(VCM)= 自主的に“価値を示す”市場

ひとことで:削減を進めたうえで、どうしても残る排出や“気候への貢献”を、第三者検証済みクレジットの活用で自主的に示す市場です。

  • 使うもの:Verra、Gold Standard、ACR、CAR、Puro.earth 等のクレジット。品質はICVCMのCCP(後述)など高基準を満たすものが優先。
  • 開示方法:VCMI(後述)のガイドに沿って、実削減が主高品質の担保透明な開示(数量/年度/プロジェクト/レジストリID/用途)をそろえる。
  • 手続き:使った分は必ずレジストリでリタイア(消し込み)が必要。購入=使用ではない点に注意。
  • 日本の補足:J-クレジットは国が運営する国内スキームで、自発的な用途(VCM相当)にも広く使われています。ただしJ-クレジットはGX-ETS(後述)での適格クレジットとしても位置づけられており、用途次第でVCMとコンプライアンスの両方に跨る“ハイブリッド”の立ち位置です。

規制市場(コンプライアンス)= 法令を“満たす”市場

ひとことで:国や地域の制度に従って、決められた単位・手順で順守(コンプライアンス)するための市場です。

  • 使うもの:制度ごとに異なります。
    例:EU ETS=排出枠(EUA)CORSIA=承認クレジットCBAM=クレジット持ち込み不可(CBAM証書と報告)が原則。
  • 日本に関する補足:国のGX-ETSは2023年度に試行を開始し、2026年度から義務化の方向。GX-ETSではJ-クレジットやJCMクレジットを適格として扱う方針が示されています(詳細設計は順次公表予定とのこと)。
  • 注意点:VCMのクレジットをそのまま規制に流用は基本できません。持ち込み可否・上限・対象範囲は制度ごとに異なるため、各制度の最新ルール確認が必須です(日本ではGX-ETSに向けた適格範囲の議論も継続中)。

クレジットの価値はどう決まる?

ざっくりと式で表すと、

価値(=価格・選ばれやすさ) ≒ 品質 × 信頼の可視化 × 市場要因リスク

同じ「1tCO₂e」でも、これらの差で価値は大きく変わります。

1) 品質(何を達成した1トンか)

同じ「1tCO₂e」でも、どういう方式か、削減・除去か効果がどれだけ長く続くか数字の裏付けがどれほど厳密か、そして一度きりの使用が担保されているかで価値は大きく変わります。
クレジットは単なる“量”ではなく、結果に至るプロセスと持続性を含めて評価されます。

大まかには次の5点を抑えるとよいでしょう。
追加性が高く・長期固定で・MRVが厳格・二重計上の懸念が低いものほど評価は上がり、一般に除去>削減、技術系>自然系の傾向があります(ただし案件設計や現地リスクで上下)。

  • 追加性:そのプロジェクトが無ければ実現しなかった削減・除去ほどクレジットの価値が高い。
  • 耐久性:長期固定(地中貯留・鉱物化 等)> 中短期(森林は火災等の逆転リスク対策が鍵)。
  • MRV:実測データと厳格な第三者検証が揃うほど信頼度が高い。
  • 二重計上防止:レジストリ管理・リタイアの透明性、国際移転時の対応調整の有無。
  • 方式の性格:一般に除去>削減、技術系>自然系(ただし案件次第)。

2) 信頼の可視化(誰が・どう担保しているか)

  • 基準・ラベル:ICVCMのCCP(後述)準拠や同等水準の明示。
  • 表現ルール:VCMI(後述)に沿った「何を・どれだけ・いつ・どの案件で」使ったかの開示。
  • 第三者評価:レーティング(例:プロジェクト品質評価)や監査報告の公開。
  • トレーサビリティ:レジストリID・リタイア記録のリンク可視化。

3) 市場要因(誰が・どこで必要としているか)

  • 適格性:制度や社内ポリシーで使える/使えないが決まる。
  • ヴィンテージ:新しい発行年・最新方法論ほど好まれやすい。
  • 契約形態:現物(スポット) vs 先物・オフテイク(前払いは割引、長期はプレミアム等)。
  • ボリューム・時期:大量・短納期は価格に跳ねやすい。

4) リスク(値引き要因)

  • 逆転リスク:森林火災・リーケージなどの管理が弱い。
  • 追加性の弱さ:規制で元々義務・十分な採算で自然に起きる対策等はマイナス評価。
  • データ・統治:MRVが粗い、苦情処理やガバナンスが不明瞭。
  • 規制変更:制度の持ち込み可否/要件変更の不確実性。

認証・ガバナンス:ICVCMとVCMIとは?

カーボンクレジットの認証・ガバナンスは直感的には理解が難しいです。

すごく簡略化して言うならば、ICVCM=「良いクレジットの条件」VCMI=「企業の開示方法のルール」の二本柱で整理できます。

ICVCM:クレジットの“品質のものさし”

ICVCMはCCP(Core Carbon Principles)という共通基準で、どんなクレジットなら信頼できるかを定義します。審査は以下の二段階です。

  1. プログラム適格:Verra/Gold Standard 等の発行制度そのものが統治・透明性・苦情処理などの土台要件を満たすか。
  2. カテゴリ/方法論承認:森林、メタン回収、DACCS など方式ごとに、追加性・耐久性・MRV・二重計上防止が十分か。

この①×②を満たすと、個々のクレジットに「CCP準拠」ラベルが付けられます。実務では、まずCCP準拠(または同水準)を候補にし、プロジェクトの技術文書や第三者評価で妥当性を確認しましょう。

ICVCMが見る要点:「それはクレジットが無ければ起きないか(追加性)」「どれだけ長く効果が続くか(耐久性)」「数字の裏取りは厳格か(MRV)」「同じ1トンを二度使っていないか(二重計上防止)」。

VCMI:企業の“言い方・名乗り方”をそろえる

VCMIは、企業がクレジットを使うときの表現(クレーム)ルールを示します。前提はシンプルに3つ。

  • 実削減が主役:科学的に妥当な目標を持ち、まず自社の削減を進める。
  • 高品質を使用:CCPなどの基準に整合するクレジットを選ぶ。
  • 透明に開示:数量・年度・プロジェクト・レジストリID・用途を明記する。

そのうえで主張は大きく2タイプに整理されます。

  • 相殺(オフセット/中立化):削減後に残る排出をクレジットで埋めたと伝える。
  • 貢献(Contribution):自社排出の相殺ではなく、除去や市場への追加的貢献を伝える。

カーボンマネジメントSaaSの地図

ここまでで、クレジットの仕組みICVCM/VCMI規制(EU ETS・CBAM・CORSIA・GX-ETS)開示(ISSB S2)が何を求めるかを整理してきました。
これを現場で回すには、日々の業務として「データ収集 → 計算 → 意思決定 → 開示 → 監査 →(必要に応じて)クレジット台帳・リタイア」を滞りなく繋ぐ必要があります。

本章では、この一連の業務を支えるツール群をカーボンマネジメントSaaSと呼び、その地図を示します。
※以降の便宜上、排出量の算定・管理をまとめて「炭素会計(Carbon Accounting)」と呼びます。

なぜSaaSが必要か?

  • バラバラなデータを自動で集約:電力・燃料・物流・購買・会計・出張・取引先PCF(製品CO₂情報)をAPI/CSVで取り込み、欠損・重複を検知。
  • 計算ルールを一本化:排出係数と手順(GHGプロトコル)の版管理で、誰が再計算しても同じ結果に。
  • 開示・監査にそのまま出せる:ISSB S2の総排出(Gross)/純排出(Net)や変更履歴(誰が/いつ/何を)を標準で保持。
  • 制度フォーマットに即対応:CBAM、ETS/CORSIA、CFP/EPDなどの“型”へワンクリック出力。
  • 経営判断を見える化:費用対効果(MACカーブ)、内部炭素価格、電化/再エネ/燃料転換、クレジット方針を一画面で比較。

カーボンマネジメントSaaS

「データ収集 → 算定 → 施策判断 → 開示・監査 →(必要に応じて)クレジット台帳」を一気通貫で回すためのツール群です。以下、業務レイヤー別に最小限だけ押さえます。

会計・開示統合SaaS

  • できること:社内データの接続と欠損チェック/排出係数・計算手順の版管理/Gross・Net区別と監査ログ。
  • 代表例:Watershed、Persefoni、nZero、アスエネ(ASUENE)、zeroboard、e-dash。
  • 選び方:既存システムとの接続深度/S2テンプレ・XBRL出力/監査ログの見える化。

施策最適化SaaS

  • できること:費用(円/tCO₂e)×効果(tCO₂e)×期間×リスクで施策を整列(MAC)/内部炭素価格・燃料価格の感度分析。
  • 代表例:SINAI(詳細最適化)、主要統合SaaSの簡易MAC(アスエネ/zeroboard等)。
  • 選び方:設備・拠点粒度まで落とせるか/CapEx・OpExと削減量を一体管理できるか。

サプライチェーン/CBAM対応SaaS

  • できること:製品別CFP/PCFの算定/原材料・輸送のトレーサビリティ/CBAMや顧客書式への出力。
  • 代表例:CarbonChain、アスエネ、zeroboard。
  • 選び方:サプライヤーポータルの有無/一次データが無い時の代替係数の品質ランク管理。

クレジット調達・評価SaaS

  • できること:用途ルール(相殺/貢献・除去比率・上限)に沿った調達/レジストリID・リタイア記録の台帳化/第三者評価の参照。
  • 代表例:調達=CEEZER・Patch、評価=Sylvera・BeZero・Calyx、国内の補助ツール=大阪ガス「GreenChecker」(AIで計画書を診断しスコア・未達項目を提示)。
  • 選び方:社内ポリシーをシステムで担保できるか/台帳⇄開示(ISSB S2)の連携/ICVCMのCCPや外部レーティング情報を取り込めるか。

よくある質問(FAQ)

  • Q. クレジットは削減の代わりになりますか?
    A. いいえ。自社削減が主役。クレジットは残余排出の補完として透明に使うのが原則です。
  • Q. 購入したら使ったことになりますか?
    A. いいえ。レジストリでのリタイアが必要です。
  • Q. どのクレジットを選べば?
    A. まずCCP準拠/同水準を確認。追加性・耐久性・MRV・二重計上の裏付けと第三者評価を併用。
  • Q. “相殺”と“貢献”の違いは?
    A. 相殺は自社の残余を埋める主張。貢献は市場や除去への資金提供を示し、相殺とは別物。
  • Q. 日本のJ-クレジットは?
    A. 国内の自発的用途で広く活用。GX-ETSでの適格性などは最新の制度設計を要確認。

参考リンク集

基準・ガバナンス

市場・制度

クレジット・レジストリ

略語集

  • GHG:温室効果ガス(Greenhouse Gas)
  • tCO₂e:CO₂換算トン(他ガスをGWPで換算)
  • ISSB S2:気候関連の国際開示基準
  • GHGプロトコル:排出量の算定ルール
  • Scope 1/2/3:自社直接/購入電力等/その他間接
  • MRV:測定・報告・検証(Measurement, Reporting, Verification)
  • 追加性:クレジット無しでは起きない効果
  • 耐久性:効果が続く期間(逆転リスク含む)
  • ICVCM/CCP:高品質クレジットの基準
  • VCMI:企業の主張(相殺/貢献)のルール
  • VCM:ボランタリー・カーボン市場
  • ETS:排出量取引制度(キャップ&トレード)
  • CBAM:EU炭素国境調整
  • CORSIA:国際航空の相殺制度
  • JCM:二国間クレジット制度(日本)
  • J-クレ:J-クレジット(日本の国内制度)
  • PCF/CFP:製品カーボンフットプリント
  • LCA:ライフサイクルアセスメント
  • EPD:環境製品宣言
  • EUA:EU ETSの排出枠単位
  • DACCS/BECCS:直接空気回収+貯留/バイオエネルギー+CCS
  • REDD+:森林減少・劣化の回避等
  • CORC:Puro.earthの除去クレジット単位
  • リタイア:クレジットの「引退」(再利用防止)
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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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