天然水素に続く第三の水素ソース|刺激型地質水素スタートアップ入門

「地面の下から、そのまま水素が出てくる」。そんな天然の水素が、次世代のクリーンエネルギーとして少しずつ注目され始めています。ただし、天然水素は地質条件がそろった“特別な場所”でしか十分に生まれません。

そこで登場しているのが、地中に温水や塩水、電気や熱などを与え、人工的に水素を生み出そうとする「刺激型地質水素」です。

本記事では、この新しいコンセプトを「刺激型地質水素(Stimulated Geologic Hydrogen, SGH)」と呼び、その技術に挑むスタートアップたちを、一般のビジネスパーソン向けにわかりやすく紹介します。

目次

3行サマリー

  • 刺激型地質水素(SGH)とは、地中の岩石に温水・塩水・電気・熱・触媒などを与え、自然界の水素生成反応を“加速・再現”しようとする新しいコンセプトです。
  • 代表例は、温水+触媒で水素をつくる Vema Hydrogen、電気刺激を使う Eden GeoPower、熱で反応を設計する GeoKiln、水素+鉱物+CO₂を一体で扱う Element One Hydrogen などです。
  • まだ実証段階ですが、将来的には「天然水素」と「再エネ由来グリーン水素」の間を埋める、第三の水素ソースになる可能性があります。

1. 刺激型地質水素とは何か?

1-1 天然水素(ホワイト水素)との違い

まず背景として、「天然水素(ホワイト水素)」から整理します。天然水素とは、地中の岩石と水が長い時間をかけて反応し、自然に発生した水素のことです。典型的には、次のような条件が重なった場所で生まれます。

  • 鉄やマグネシウムが多い 超苦鉄質岩(ペリドタイトや蛇紋岩など) が存在する
  • 地下水や海水など、十分な 水の供給源 がある
  • 反応を進めるための 温度 と長い 時間
  • 生成した水素を閉じ込めるための キャップロック(フタになる地層)

つまり天然水素は、「良い地質条件がそろった場所を見つける」ことが勝負の、資源探鉱ビジネスです。

一方で本記事の主役である刺激型地質水素(Stimulated Geologic Hydrogen, SGH)は、発想が少し違います。

自然条件が完璧にそろっていない場所でも、人工的に温水・塩水・電気・熱・触媒などを与え、地中で水素生成反応を“起こさせる/加速させる”。

言い換えると、「あるがままの天然水素を探して採る」のではなく、「地中で水素をつくり出し、増幅させる」のが刺激型地質水素です。

2. どうやって“刺激”するのか? 3つの主要アプローチ

刺激型地質水素の技術は、大きく分けて次の3つのタイプがあります。

2-1 化学刺激型:温水・塩水+触媒で反応を起こす

1つ目は、化学刺激型です。鉄を多く含む岩石がある地層を選び、次のような手順で水素を生み出そうとします。

  • 触媒を混ぜた温かい塩水(ブライン)や高pHの水溶液を注入する
  • 岩石中の鉄と水の反応を利用して、水素を生成させる

このタイプの代表が Vema Hydrogen で、独自のコンセプトとして「Engineered Mineral Hydrogen(エンジニアード・ミネラル水素、EMH)」や「Stimulated Geologic Hydrogen(刺激型地質水素、SGH)」という言葉を使っています。

2-2 電気・熱による刺激型:電流や熱で反応を加速

2つ目は、電気や熱を使うタイプです。地中の岩石に電流や熱を与え、反応のスピードや効率を引き上げます。

  • 井戸を通じて岩石に高電圧パルス(電気)を流す
  • 地層を局所的に加熱し、温度を上げる
  • その結果、岩石内に微小な割れ目が増え、比表面積が増え、水との接触が増えて反応が加速される

地熱発電で行われる「貯留層刺激」に近い発想で、Eden GeoPowerGeoKiln などがこのアプローチに取り組んでいます。

2-3 統合型:水素+鉱物+CO₂を一体で扱う

3つ目は、統合型です。水素生成だけでなく、次のような要素も一体で扱おうとするタイプです。

  • ニッケルや銅などのクリティカルミネラル(重要鉱物)の回収
  • CO₂の鉱物化(岩石と反応させて固定)

Element One Hydrogen は、刺激型地質水素と鉱物採掘、CO₂固定をセットで設計する構想を掲げており、単なる水素生産会社というより、「地中の反応工場」をつくるプレイヤーと言えます。

3. 代表的な刺激型地質水素スタートアップ

3-1 Vema Hydrogen:温水+触媒でつくる「オレンジ水素」

https://www.vema.earth/

Vema Hydrogen は、刺激型地質水素の代表的な企業です。企業側は自らの水素を「オレンジ水素」と呼び、低コストのクリーン水素を目指しています。

  • 鉄を多く含む岩石がある浅い地層を選ぶ
  • 触媒入りの塩水(ブライン)を注入する
  • 岩石中の鉄と水の反応を利用して、水素を生成させる

Vemaの狙いは、蛇紋岩帯や完璧なキャップロックなど“限られた地質条件”に頼らず、「鉄が豊富な岩石さえあれば、自前のレシピ(温水+塩水+触媒)で水素を生み出す場をつくる」ことにあります。

3-2 Eden GeoPower:電気刺激で地質水素+地中バッテリー

https://www.edengeopower.com/technology

Eden GeoPower は、もともと電気で地熱リザーバーを刺激する技術(Electric Reservoir Stimulation)を持つスタートアップです。最近は、同じ技術を地質水素の分野にも応用し始めています。

  • オマーンなど、超苦鉄質岩がある地域の岩石を対象に、高電圧パルスを岩石にかける
  • 温度を上げる、微小な割れ目を増やす、表面積を増やすことで、水素生成のスピードを上げる

さらに、地層を「長期のエネルギー貯蔵(地中バッテリー)」にも使う構想を持っており、水素を使った“地中の巨大バッテリー”の可能性を探っています。

3-3 GeoKiln:熱で設計する MSSH™(Manufactured Subsurface Hydrogen)

https://gridcatalyst.org/partner/geokiln-energy-innovation/

GeoKiln は、加熱によって地中での水素生成を設計することを目指す企業です。天然水素の探鉱会社である HyTerra と組み、MSSH™(Manufactured Subsurface Hydrogen)と呼ばれるプロセスの実証を進めています。

  • 地質データにもとづき、鉄に富む地層を選定する
  • 井戸を通じて局所的に熱を与えることで反応を加速する
  • 自然なら数千年〜数万年かかる反応を、数年〜数十年スケールに短縮することを狙う

この組み合わせは、従来の「天然水素を探す会社」が、「地中で水素をつくる技術」を取り込んでいく動きとして注目されています。

3-4 Element One Hydrogen:刺激型H₂+重要鉱物+CO₂固定

https://e1-h2.com/

Element One Hydrogen は、刺激型地質水素とクリティカルミネラル(ニッケル、銅など)、CO₂固定を一体で扱う「三位一体モデル」を掲げています。

  • 超苦鉄質岩の蛇紋岩化を刺激し、地中で水素を生成する
  • 同じ場で、ニッケルや銅などの鉱物を溶液採掘で取り出す
  • CO₂を岩石と反応させて、長期的に固定する

言い換えると、Element One は「水素の井戸」をつくる会社というより、「地中の反応工場(Reactive Subsurface Platform)」を設計する会社として位置づけられます。

4. ビジネスモデル:資源会社でもあり、技術会社でもある

刺激型地質水素スタートアップのビジネスモデルは、大きく次の3パターンに整理できます。

  • 自社で鉱区を持って生産するタイプ
    Vema や Element One などがこの型です。天然ガス会社のように、権益(鉱区)と埋蔵量を積み上げるモデルです。
  • 技術プラットフォームとしてライセンスするタイプ
    GeoKiln のように、技術とノウハウを核に、他社(HyTerra など)と合弁や契約を結んで現場実証を行い、将来はロイヤルティやライセンス収入を狙うモデルです。
  • 地熱・鉱山・CCSとのハイブリッド型
    Eden や Element One のように、既存の地熱井や鉱山、CO₂貯留候補地と組み合わせ、「複合プロジェクト」としてエコシステムを設計するモデルです。

共通している狙いは、「大量のベースロード水素を、電力需要地や工業地帯の近くで安定的に供給したい」という点です。再エネ由来のグリーン水素は、電力の変動性やコストが課題ですが、刺激型地質水素は「地中の工場から24時間出てくる水素」を目指していると言えます。

5. 課題とリスク:まだ“仮説検証”のフェーズ

もちろん、良いことばかりではありません。刺激型地質水素には、まだ多くの不確実性があります。

  • どれくらいの期間、どれくらいの量が採れるのか?
    反応速度やリザーバー寿命のデータは、まだ限られています。
  • 環境影響と安全性
    高pHの水溶液や触媒を大量に使う場合の環境リスク、地震や地盤への影響評価、他のガス(メタンなど)の漏洩リスクなど、検証が必要です。
  • 法規制の枠組みが未整備
    鉱業法・石油天然ガス法・地熱法・CO₂貯留(CCS)の規制のどこに位置づけるかは、各国で議論が始まったばかりです。

どの企業も、まだ「商業プラントがフル稼働している」段階にはなく、実証データを積み上げながら、技術とルールづくりを同時に進めている状況です。

6. 日本から見たときのポジション

日本国内で、すぐに刺激型地質水素プロジェクトを立ち上げるのは、地質条件や規制、社会受容性を考えると現実的ではないかもしれません。一方で、次のような形で関わる可能性は十分にあります。

  • 海外プロジェクトへの出資や長期購入契約(オフテイク)
    鉄鋼・化学・セメントなど、水素を大量に使う業界にとって、安定したベースロード水素の選択肢になり得ます。
  • 地熱・石油ガス・CCSの技術とのシナジー
    日本企業は、地熱開発やLNG、CO₂貯留(CCS)の知見を持つ企業が多く、サブサーフェス・エンジニアリング面で貢献できる余地があります。
  • 規制・環境評価の先行検討
    水圧破砕やCCSで議論されてきた論点をベースに、「刺激型地質水素」をどう位置づけるかをあらかじめ考えておくことで、将来の選択肢が増えます。

7. 筆者の視点

刺激型地質水素は、正直まだ「夢とリスクが半々」のテーマだと感じています。もし狙い通りに動けば、グリーン水素の足りない“ベースロード部分”を補う強力なオプションになりますが、地中で何十年も反応をコントロールする難しさや、規制・環境リスクはこれからが本番です。

日本の立場から見ると、今すぐ自前で掘るよりも、まずは海外パイロットのデータを冷静に追い、地熱・CCS・鉱山で培った知見を「技術パートナー」として提供できる領域を探るのが現実的だと思います。“ストーリー”ではなく実測データで判断する姿勢を保ちながら、この第三の水素ソースを長期視点でウォッチしたいところです。

参考リンク集

1. 刺激型地質水素(SGH)の全体像・レビュー

2. Vema Hydrogen(Engineered Mineral Hydrogen/オレンジ水素)

3. Eden GeoPower(電気刺激・地中バッテリー)

4. GeoKiln × HyTerra(MSSH™:熱刺激型SGH)

5. Element One Hydrogen(H₂+鉱物+CO₂の統合モデル)

6. プログラム・政策・周辺情報

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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