IEA『World Energy Outlook 2025』を読む――「電気の時代」と日本の第7次エネ基・GX2040ビジョン

国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)は2025年11月、「World Energy Outlook 2025(WEO 2025)」を公表しました。報告書は「Age of Electricity(電気の時代)」の到来と1.5℃目標とのギャップを、豊富なデータとシナリオで示しています。

電力需要の急増、重要鉱物サプライチェーンのリスク、新興国への需要シフトなどは、日本の第7次エネルギー基本計画やGX2040ビジョンの前提にも直結します。WEO 2025を整理しておくことは、今後10〜20年の投資や事業戦略を考えるうえで避けられない作業になりつつあります。

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目次

3行サマリー

  • IEAはCPS・STEPS・NZEなどのシナリオで、エネルギー安全保障と1.5℃目標の両立可能性を整理し、各国政策とのギャップを定量的に示しました。
  • 全シナリオで電力需要は2035年までに約40〜50%増え、再エネ拡大と省エネ加速が前提になりますが、現状の政策ペースではNZEに届かず排出ギャップが残ります。
  • 日本は第7次エネ基・GX2040ビジョンを掲げる一方で、実績や供給計画はSTEPS寄りです。「電気の時代」にどこまでNZE側へ寄せるかが今後の主要テーマになります。

IEA WEO 2025とは何か:シナリオと今回版の特徴

IEAとWEO:エネルギー戦略の前提

IEAが毎年公表する世界エネルギー見通し「World Energy Outlook(WEO)」は、各国政府や企業が長期戦略を検討するときの前提資料として広く参照されています。特に電源構成の見通しや燃料別需要、投資額、CO₂排出パスは、エネルギー政策やインフラ投資の議論で事実上の「共通言語」になっています。

WEOは「予測レポート」ではなく、「前提条件の異なる複数シナリオ」を提示するのが特徴です。どの道筋を選ぶかは各国の政策次第であり、IEAはその影響とリスクを見える化する役割を担っています。

3つの主要シナリオとACCESS

WEO 2025は、世界のエネルギーシステムを主に次の3つのシナリオで描き分けています。いずれも2100年までの気温上昇を含めて分析している点がポイントです。

  • 現行政策シナリオ(Current Policies Scenario: CPS)=成立済みの法律や制度のみを前提にした世界。
  • 既表明政策シナリオ(Stated Policies Scenario: STEPS)=各国政府が公表している目標・戦略のうち、現実的に実行されうるものを織り込んだ世界。
  • ネットゼロ排出シナリオ(Net Zero Emissions by 2050 Scenario: NZE)=2050年までにエネルギー起源CO₂排出を実質ゼロにする1.5℃整合経路。

これに加えて、WEO 2025は「エネルギーアクセス加速シナリオ(Accelerating Clean Cooking and Electricity Services Scenario: ACCESS)」も提示します。ACCESSは、2035年までに全ての人に電気を、2040年までにクリーンな調理手段を行き渡らせるための道筋を描いたシナリオです。

一方、前回版まで存在した「Announced Pledges Scenario(APS)」は、2025年版では採用されていません。APSは各国のNDC(国が決定する貢献)など表明済み目標を100%達成すると仮定するシナリオでしたが、新ラウンドのNDCが出そろうまでは評価を保留するという判断です。

2025年版ならではのポイント

Executive Summaryでは、まず「エネルギー安全保障」が政治・経済の最重要テーマに戻ったことが強調されています。燃料供給のリスクに加え、重要鉱物や電力インフラへのサイバー攻撃、極端気象による障害が重なり、エネルギーシステム全体のレジリエンスが問われています。

同時に、WEO 2025は「Age of Electricity(電気の時代)の到来」を公式に宣言しました。2035年までに、電力需要はCPSとSTEPSで約40%、NZEでは50%超増加すると見積もられています。電力は現在、最終エネルギー消費の約21%にすぎませんが、世界のGDPの4割超を生み出す部門の主力エネルギー源になりつつあります。

さらに、2024年は観測史上最も暑い年となり、年平均気温が産業革命前比で初めて1.5℃を超えました。どのシナリオでも2030年前後には1.5℃超えが常態化し、その後にCDR(CO₂除去)でどこまで戻せるかが問われる構図です。CPSでは約3℃、STEPSでも約2.5℃の温暖化に達するとされ、現行・既表明政策だけでは1.5℃どころか2℃目標も危ういことが示唆されています。

世界エネルギーの「共通トレンド」:安全保障・電化・新興国シフト

エネルギー安全保障の再定義と重要鉱物

WEO 2025が示す重要なメッセージの1つは、エネルギー安全保障の対象が「燃料」だけではなくなったことです。従来は原油や天然ガスの供給途絶が最大のリスクでしたが、今後は精製・加工が特定国に集中した重要鉱物の供給制約が、同じレベルの脅威になりつつあります。

報告書によると、電池や送電網、再エネ設備などに使われる戦略的鉱物20種のうち19種で、1カ国が精製シェアのトップを占めています。その平均シェアは約70%に達し、2025年時点では半数超の鉱物が何らかの輸出規制の対象になっています。

これらの鉱物は電力・モビリティだけでなく、AI半導体や航空宇宙、防衛産業でも不可欠です。IEAは、市場メカニズムだけに頼るのではなく、パートナー国との共同調達やリサイクル強化など政策的な対応を急ぐ必要性を指摘しています。

「Age of Electricity」:電気中心の経済へ

Executive Summaryでは、「The Age of Electricity is here」という見出しで、電気中心のエネルギーシステムへの転換が描かれています。電力需要は、どのシナリオでも総エネルギー需要よりはるかに速いペースで増加します。

2035年までの電力需要は、CPSとSTEPSで約40%、NZEでは50%超増加すると見込まれています。需要の増加要因は、家電・空調、EVなどの電動モビリティ、データセンターやAI、電化された産業プロセスなど多岐にわたります。

投資の面でも、すでに世界のエネルギー投資のうち約半分は、発電・送配電・電化のために向かっています。IEAは、電気料金が家計・企業・政策の共通の「物差し」になっていくと指摘し、停電や価格高騰が社会・経済に与える影響の大きさを改めて強調しています。

しかし、発電設備への投資が2015年比で約70%増えた一方、送電・配電網への投資は半分程度の伸びにとどまっています。このアンバランスが、系統混雑や再エネの出力抑制、接続待ち、マイナス価格の頻発といった問題を生み出している点も、WEO 2025は強く警鐘を鳴らしています。

データセンター・AI・空調が生む新しい負荷

「電気の時代」を象徴する存在として、データセンターとAIが挙げられています。IEAは、2025年のデータセンター投資額が約5,800億ドルに達し、同年の世界の石油供給投資(約5,400億ドル)を上回ると試算しています。

データセンターの電力消費は2035年までに約3倍になる見通しですが、世界全体の電力需要増の1割弱にすぎません。ただし、その増加は先進国と中国に集中しており、新設容量の85%超が今後10年で米国・中国・EUに偏在するとされています。既存クラスター周辺に新設されることで、地域ごとの送電網に追加の負荷がかかる点が課題です。

また、新興国を中心とした所得向上と気温上昇により、空調需要が急増しています。STEPSでは、2035年までにエアコンの普及と高温化により、世界のピーク需要が約500GW押し上げられると見積もられています。効率性の高い機器をどれだけ普及させるかが、ピーク対策の鍵になります。

新興国への重心シフトと高日射地域

WEO 2025は、エネルギー需要の「重心」が中国からインド・東南アジア・中東・アフリカなどの新興・途上国に移りつつあることも示しています。これらの国々が、2035年までのエネルギー需要増の大半を占める見通しです。

IEAの分析では、2035年までのエネルギー消費増加の約8割が、高い日射量を持つ地域で起きるとされています。これは、太陽光発電の急速な普及と、猛暑対策としての空調需要の増加が重なった結果です。

多くのアジア新興国は国内に石炭資源を持ちつつ、石油・ガスは輸入に依存しています。今後、これらの国で再エネと電化がどこまで伸びるかが、世界全体の石炭・ガス需要とCO₂排出の行方を左右します。日本企業にとっても、電力設備・省エネ・空調・送配電などの分野で、中長期的な成長市場となる可能性があります。

再エネ・原子力・クリティカルミネラル:クリーン電源の拡大とボトルネック

再エネは全シナリオで最速成長

WEO 2025は、どのシナリオでも再生可能エネルギー(renewable energy: 再エネ)が電源の中核になる未来を描いています。近年の統計でも再エネの新規設備導入は毎年のように過去最高を更新しており、特に太陽光発電(solar PV)が主役になっています。

IEAは、CPS・STEPS・NZEのいずれでも、今後の電力需要増の大半を再エネが担うと整理しています。特に太陽光は、多くの地域で新設電源の中で最もコストが低い水準にあり、風力・水力・バイオマスと組み合わさることで、発電部門のCO₂排出を急速に引き下げる役割を持ちます。

実績ベースでも、世界全体で風力・太陽光の発電量が石炭を上回る局面が増えています。これは、再エネが補完的な位置づけではなく、世界の電源構成の「主役」に移りつつあることを示していると言えます。

一方で、WEO 2025は、再エネの拡大ペースがNZEの前提に対してはまだ不十分であり、特に系統接続や許認可、送電容量の制約がボトルネックになっていると指摘します。量そのものだけでなく、「どこに・どの順番で・どの種類の再エネを増やすか」の設計が重要になりつつあります。

中国の製造能力と価格・貿易リスク

再エネ拡大の裏側では、製造サイドの偏在も大きな論点です。太陽光パネルやリチウムイオン電池などのクリーンエネルギー機器は、セル・モジュール・材料の多くを中国企業が供給しており、世界の製造能力はすでに中期的な需要を大きく上回る水準に達していると整理されています。

この「過剰能力」は、短期的には価格低下と導入加速をもたらします。一方で、特定地域への依存が高まることによる地政学リスクや貿易摩擦の火種にもなり得ます。各国が自国の製造基盤やサプライチェーン多角化を図る動きは、今後ますます強まると見込まれます。

重要鉱物の精製・加工についても、中国が多くの品目で圧倒的なシェアを持ちます。IEAは、戦略的鉱物の多くで1カ国が精製シェアのトップを占め、その平均シェアが約7割に達すると整理しています。サプライチェーンの多様化、リサイクル強化、代替材料の開発は、日本企業にとっても避けて通れないテーマです。

原子力のカムバック:大型炉とSMR

WEO 2025は、原子力発電(nuclear power)についても、一定の「カムバック」を見込んでいます。多くの先進国で既設炉の運転延長や新設計画が進み、2035年までに世界の原子力設備容量は3割以上増えるとの見通しが示されています。

特に注目されるのが、小型モジュール炉(Small Modular Reactor: SMR)です。SMRは出力が小さくモジュール化された設計で、工場生産によるコスト低減や、遠隔地・産業用電源・データセンターとの組み合わせなど、多様な用途が期待されています。WEO 2025は、SMRが「電気の時代」の分散電源として存在感を高める可能性を示しています。

一方で、原子力の拡大には、安全性・廃棄物管理・コスト競争力・建設リードタイムなど、解決すべき課題も残ります。特に既設炉の多い先進国では、運転延長に伴う安全投資と、再エネ・蓄電との組み合わせをどう最適化するかが、電力システム設計上の重要な論点になります。

日本にとっても、原子力は第7次エネ基で2040年度の電源構成約20%を担う前提になっています。WEO 2025で描かれるグローバルな原子力の位置づけは、日本国内の議論とも重なる部分が多いと言えます。

送配電網・蓄電・柔軟性の遅れ

クリーン電源拡大の最大のボトルネックとして、WEO 2025が強調するのが送配電網と電力システムの柔軟性です。2015年以降、発電設備への投資は大きく増えた一方で、送配電網への年次投資は相対的に伸びが小さく、グリッド投資が明らかに遅れていると整理されています。

このギャップは、各国で共通する課題を生んでいます。

  • 再エネ発電所が接続待ちとなり、系統側の制約で運開が遅れる。
  • 再エネ比率の高い地域で出力抑制が増え、投資回収リスクが高まる。
  • マイナス価格や価格スパイクが頻発し、市場シグナルの解釈が難しくなる。

WEO 2025は、こうした問題を解消するには、送配電網の拡張に加え、蓄電池(Battery Energy Storage System: BESS)、デマンドレスポンス、系統用フレキシビリティ市場などを組み合わせる必要があると整理しています。特に、送配電網への投資を早期に前倒ししないと、再エネ3倍・電気需要50%増という前提が「絵に描いた餅」になるリスクが高いと警鐘を鳴らしています。

私は、日本でも再エネ導入量だけでなく、系統増強・蓄電・柔軟性サービスをセットで考える必要が高まっていると思います。理由は、WEO 2025が示すように、グリッドの遅れが世界共通の制約であり、日本も例外ではないからです。

化石燃料・LNG・石炭:シナリオごとのエネルギーミックスと排出パス

CPS/STEPS/NZEの燃料別需要とエネルギー需要

WEO 2025は、化石燃料の将来像についても、シナリオごとの差を明確にしています。CPSでは、追加政策がほとんど打ち出されない前提のもと、2050年まで石油と天然ガスの需要が増加を続け、石炭のみが2030年前後から減少すると見込まれます。

STEPSでは、各国の現行目標と実行可能性を織り込むことで、石炭需要のピークはCPSより前倒しされ、2030年以前に減少に転じます。一方、石油需要は2030年ごろに頭打ちとなり、天然ガスは2030年代まで緩やかな増加を続ける姿が描かれています。

NZEでは、一次エネルギー需要そのものが2030年以降減少に転じ、化石燃料需要は2030年代にかけて急減します。石炭は早期にフェーズアウトし、石油・ガスも需要減に向かいますが、一部ではCCUS付きのガス火力や石油化学原料として残存する前提です。

この3つの道筋の違いは、当然ながらCO₂排出と気温上昇の見通しに直結します。CPSでは世紀末の気温上昇が約3℃、STEPSでも約2.5℃に達する一方、NZEのみが2100年に向けて1.5℃目標と整合的な水準まで戻す経路になります。

LNGブームとガス需要の不確実性

天然ガスについて、WEO 2025は「LNGブーム」とその先の不確実性を描きます。STEPSでは、米国とカタールを中心に大規模な液化設備の拡張が進み、2030年までにLNG輸出能力が大きく増加すると見込まれています。その結果、2030年代初頭までガス価格には下押し圧力がかかると整理されています。

しかし、同時にWEO 2025は、需要が想定どおりに伸びなければ「LNG供給のだぶつき」が生じるリスクも指摘します。再エネと電化の普及が加速するNZEに近い軌道では、2030年以降のガス需要は頭打ちないし減少に向かうため、新規LNGプロジェクトの一部は採算性に課題を抱える可能性があります。

日本のような輸入国にとっては、短期的には調達多角化と価格安定のメリットがあります。一方で、長期のオフテイク契約やインフラ投資の前提を慎重に見直す必要があります。ガス火力の役割をどの程度「移行期のバックアップ」に限定するかが、エネルギー戦略と企業投資の大きな論点になると言えます。

石炭市場はアジアがカギ

石炭については、CPS・STEPS・NZEのいずれでも長期的には減少しますが、そのスピードを決めるのはアジア新興国の動きです。STEPSでは、中国の石炭消費が2030年前後にピークを迎えて減少に転じる一方、インドや東南アジアではしばらく増加が続くと見込まれています。

ただし、再エネコストの低下と国際金融機関の脱石炭方針が進めば、石炭火力の新設は一段と抑制され、既設の早期リタイアが進む可能性があります。NZEでは、先進国が2030年までに無対策の石炭火力を全廃し、新興国も2030〜40年代にかけて段階的に削減する前提になっています。

石炭火力の扱いは、日本のエネルギー戦略にも直結します。第7次エネ基では、アンモニア混焼やCCUSなどの技術オプションを前提に一部継続が想定されていますが、WEO 2025のNZE経路と整合的にするには、フェーズダウンのスケジュールと代替電源の確保をより明確にする必要があります。

1.5℃目標と「オーバーシュート」:温度アウトカムの比較

WEO 2025のExecutive Summaryが特に強調するのは、1.5℃目標の「オーバーシュート」がほぼ避けられないという現実です。CPSとSTEPSでは、今世紀末の気温上昇がそれぞれ約3℃と2.5℃に達し、パリ協定の1.5〜2℃目標から大きく外れます。

NZEでも、2030年前後に一時的に1.5℃を超え、その後にCO₂除去(Carbon Dioxide Removal: CDR)技術の大規模導入で2100年時点で1.5℃水準に戻す前提が置かれています。すでに「超えてから戻る」世界が現実的な選択肢となっており、超過幅と期間をどれだけ小さくできるかが勝負どころになりつつあります。

この前提は、DAC(Direct Air Capture)やBECCS(Bioenergy with CCS)などのCDR技術に対する依存度を高めますが、技術・コスト・社会受容性の不確実性も大きいのが実情です。そのため、IEAは今すぐの排出削減を最大化し、CDRへの依存度を抑える方が経済合理性も高いと示唆しています。

再エネ3倍・省エネ2倍目標とNZEの位置づけ

COP28の合意文書では、2030年までに再エネ設備容量3倍・エネルギー効率2倍という世界目標が示されました。WEO 2025は、この目標がNZEシナリオの中間マイルストーンに相当すると位置づけています。

STEPSでも、再エネ設備容量は2020年代初頭の2倍超まで増加し、「3倍目標」にかなり近づくと見込まれています。一方で、エネルギー効率の改善率は年2%程度にとどまり、NZEが前提とする年4%には届きません。ギャップの本質は、再エネ量だけでなく、省エネ投資と需要構造転換のスピードにあるという整理です。

日本の第7次エネ基・GX2040ビジョンを考える際も、発電側の目標だけでなく、建物断熱・産業プロセスの高効率化・EVや鉄道・公共交通の拡大など、需要側の定量目標をどこまで強化するかが鍵になります。

ACCESSシナリオとエネルギーアクセスの課題

最後に、ACCESSシナリオは、エネルギーアクセスの観点から重要な示唆を与えます。IEAによると、世界では依然として多くの人が電気を持たず、約20億人が薪や石炭など非クリーンな燃料で調理を行っています。

ACCESSシナリオは、2035年までに全ての人に電気を、2040年までにクリーンな調理手段を行き渡らせることを目標とします。そのためには、分散型再エネやミニグリッド、小規模な蓄電システムへの投資が必要であり、クリーンエネルギーとエネルギー貧困対策を同時に進める視点が欠かせません。

私は、エネルギーアクセスの改善が、新興国市場でのビジネス機会とも結びつくと考えます。理由は、分散型再エネ・蓄電・需要管理は日本企業が強みを持つ分野であり、ACCESSシナリオに近い世界ではこれらのソリューション需要が大きく伸びるからです。

日本のエネルギー戦略との整合性:第7次エネ基・GX2040ビジョンの「立ち位置」

第7次エネ基・GX2040ビジョンの概要

日本政府は2025年2月、GX(Green Transformation: GX)を軸とした「GX2040ビジョン」と「第7次エネルギー基本計画(第7次エネ基)」、新たな地球温暖化対策計画を同時に閣議決定しました。GX2040ビジョンは、脱炭素を経済成長と両立させる長期の構造転換戦略として位置づけられています。

GX2040ビジョンは、温室効果ガス排出量について2013年度比で2035年度60%削減・2040年度73%削減という中間目標を示し、2050年カーボンニュートラルに向けた通過点を明確化しました。第7次エネ基は、この削減パスを支える電源構成とエネルギー政策の「土台」となる計画です。

第7次エネ基は、2040年度の電源構成の見通しとして、再生可能エネルギー40〜50%、原子力約20%、火力30〜40%というレンジを示しました。第6次エネ基で掲げていた2030年度目標(再エネ36〜38%、原子力20〜22%、化石燃料41%、水素・アンモニア1%)は維持され、その10年先の姿が新たに描かれた形です。

火力30〜40%の内訳としては、LNG火力を中心としつつ、水素・アンモニアの混焼やCCUS(Carbon Capture, Utilisation and Storage)を組み合わせる方向性が示されています。日本政府は、エネルギー安全保障と1.5℃目標の両立を掲げながら、「高効率火力+低炭素燃料+CCUS」を組み合わせた移行戦略を構想していると言えます。

現状実績とのギャップ:再エネ22.9%・火力68.6%からの距離

資源エネルギー庁が公表した2023年度エネルギー需給実績を見ると、日本の電源構成は依然として化石燃料依存が大きい状態です。2023年度の発電電力量に占める再エネ(水力を含む)は約22.9%、原子力が約8.5%で、残り約68.6%を火力が占めています。

火力の内訳は、LNGが約3分の1、石炭が約3割弱、石油等が1割弱という構成です。つまり、日本の電力は現在も約7割が化石燃料由来となっており、2030年に再エネ36〜38%、2040年に40〜50%という目標との間には大きなギャップがあります。

電力会社が提出している中長期の供給計画を第三者が分析した結果では、2030年代前半にかけても石炭火力の比率が十分に下がらないケースが多いと指摘されています。原子力の再稼働・新増設が計画通りに進まない場合、石炭・LNG依存が長期化するリスクも残ります。

第7次エネ基が描く2040年の姿は、日本のエネルギーシステムを大きく変えるものです。一方で、2020年代の実績と供給計画を前提にすると、再エネ40〜50%・火力30〜40%への移行は「自然に起きる」ものではなく、系統整備・許認可プロセス・投資インセンティブを総動員して進める必要があると理解できます。

私は、このギャップを直視することが、第7次エネ基を実効ある計画にする出発点だと思います。理由は、数字だけの目標ではなく、現状からの距離と必要な打ち手をセットで議論しないと、企業や自治体が具体的な投資判断をしづらいからです。

WEO 2025のシナリオと照らした日本の位置

IEAのWEO 2025は、世界のエネルギーシステムをCPS・STEPS・NZEの3つのシナリオで描きます。STEPSは「既表明政策が着実に実行される世界」、NZEは「2050年ネットゼロを実現する1.5℃整合経路」です。日本の現状と第7次エネ基の目標は、どこに位置づけられるのでしょうか。

まず、日本の電源実績と供給計画をベースにすると、2030年代の電力システムはNZEよりもSTEPSに近い軌道に乗っていると解釈できます。再エネ比率は着実に上昇する一方で、火力依存が続き、石炭火力のフェーズダウンもNZEが想定するスピードまで進んでいないからです。

次に、エネルギー効率と需要構造の面でも差が見られます。NZEは世界全体で2030年までエネルギー原単位(エネルギー需要あたりのGDP)を年平均約4%改善することを前提にしていますが、日本を含む多くの先進国では、近年の実績は年1〜2%程度にとどまっています。建物断熱、産業プロセスの高度化、EVや公共交通へのシフトなどを一気に加速しなければ、NZEレベルの改善率には届きません。

さらに、NZEは「先進国が2035年までに電力部門全体の実質ゼロ排出を達成する」ことを前提としています。第7次エネ基の2040年電源構成(再エネ40〜50%、原子力約20%、火力30〜40%)は、CCUSやアンモニア混焼による低炭素化を前提としても、2035年時点で発電由来CO₂を実質ゼロにする水準よりは緩やかなペースです。

日本政府は、エネルギー安全保障や産業競争力も踏まえた「現実的な移行」を重視しています。WEO 2025の視点から見ると、日本は現時点でSTEPS寄りのポジションにありながら、第7次エネ基・GX2040ビジョンを通じて部分的にNZEに近づこうとしている段階にいると整理できます。

このため、日本が今後10〜15年でどこまでNZE側に寄せるのかは、国全体だけでなく、企業や投資家にとっても重要な前提になります。どの程度のペースで再エネと電化を進めるのか、どこまで石炭・ガス火力とCCUS・低炭素燃料に依存するのかによって、必要な投資額やリスクプロファイルが大きく変わるからです。

日本の政策・事業戦略への「宿題」

第7次エネ基とWEO 2025を重ねると、日本の政策・事業戦略にはいくつかの「宿題」が見えてきます。ここでは、特に重要な論点を整理します。

  • 再エネ導入と系統整備を、どの程度NZEに近いペースまで前倒しするのか。
  • 建物・産業・輸送の省エネ・電化の定量目標を、GX2040ビジョンとどうリンクさせるのか。
  • 石炭火力のフェーズダウンとLNG火力の役割を、「1.5℃整合性」と「エネルギー安全保障」の両面からどう再定義するのか。
  • 重要鉱物やクリーンエネルギー機器のサプライチェーンを、どの程度まで国内外で多角化するのか。

特に重要なのは、日本としてWEO 2025のどのシナリオを事実上の「ベースライン」とみなすかを明示することです。政府がどの経路を前提に政策を設計しているのかが曖昧なままだと、企業や金融機関は各自の想定でリスク評価を行うことになり、GX投資のスケールアップが進みにくくなります。

第7次エネ基とGX2040ビジョンは、方向性としてはNZEに向かう意思を示しつつ、実際の削減・投資ペースはSTEPS寄りに見える部分もあります。このギャップをどこまで・どの順番で埋めていくのかを、次の政策パッケージや市場設計の議論で具体化していくことが求められます。

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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