【2025年版】産業用高温ヒートポンプで“蒸気の電化” ボイラー代替・LCOH計算・補助金まとめ

工場ボイラやデータセンターの巨大な電力需要を、化石燃料中心の電源にいつまで頼るのか。

2025年は「産業用高温ヒートポンプでどこまで蒸気を電化できるか」が実務テーマになりつつあります。本稿では、高温ヒートポンプを中心に、MVR・ORC、LCOHeat(熱の平準化コスト)、日本・海外の補助金までを、非エンジニアの方にも読みやすい形で整理します。

目次

3行サマリー|この記事からわかること

  • 1. なぜ“蒸気の電化”が進むのか
    燃料価格の変動と脱炭素のプレッシャーの中で、高温ヒートポンプで低圧蒸気をつくる方が、ボイラより安く・低CO₂になる条件が増えています。
  • 2. どの工程にどの技術を当てるか
    蒸気・温水は高温ヒートポンプ、蒸発・濃縮はMVR、使い切れない低〜中温余熱はORCで発電、という役割分担の基本パターンを整理します。
  • 3. どうやって投資判断するか
    LCOHeat(熱の平準化コスト)と日本・米国・EUの補助金を組み合わせて、「ボイラ更新 vs 蒸気の電化」を比較する考え方を紹介します。

背景|なぜ今「産業用高温ヒートポンプ」なのか

燃料価格のボラティリティと脱炭素プレッシャー

ここ数年、燃料価格は上下を繰り返しています。CO₂価格や顧客からの脱炭素要請も重なり、工場やデータセンターでは「ボイラを単純に更新する」のではなく、まず熱需要を減らし、残りを電化するという順番で検討するケースが増えました。

ヒートポンプは、電気でコンプレッサを回し、外気や排熱などの低温側から熱をくみ上げます。1kWhの電力から2〜4kWhの熱を得られることが多く、電気単価が高くても「熱1kWhあたりのコスト」で見れば有利になり得ます。

データセンター排熱と組み合わせる理由

データセンターからは30〜40℃前後の温水や空気が、ほぼ常時出てきます。そのままでは使いにくい温度ですが、高温ヒートポンプで80〜120℃にくみ上げれば、地域熱供給や工場の予熱として利用できます。

海外では、マイクロソフトやEquinixなどが、データセンター排熱を地域熱ネットワークに供給するプロジェクトを進めています。日本でも、データセンター集積エリアと工業団地をつなぐケースは、今後の有望テーマです。

技術マップ|高温ヒートポンプ・MVR・ORCの“使いどころ”

本稿で取り上げる主要技術は、次の3つです。

  • 高温ヒートポンプ(High-Temperature Heat Pump:HTHP):蒸気・高温水をつくる“主役”。
  • 機械式蒸気再圧縮(Mechanical Vapor Recompression:MVR):蒸発・濃縮工程を電化して燃料蒸気を削減。
  • 有機ランキンサイクル(Organic Rankine Cycle:ORC):使い切れない低〜中温の余熱を小型発電に変換。

温度帯と工程ごとの対応関係を、ざっくり整理すると次のようになります。

技術 役割(ひとことで) 適温レンジ(目安) 経済性を見る軸 向く工程例 導入時の注意点
高温ヒートポンプ(HTHP) 低温熱から温水・蒸気をつくる“熱源” 80〜160℃(〜200℃実証段階) COP(実効成績係数)
熱1kWhあたり ≒ 電気単価 ÷ COP
洗浄・CIP・殺菌、前段予熱、低圧蒸気代替、データセンター排熱の増温 温度差(リフト)が大きいとCOP低下/冷媒・圧力・配管仕様の整合/熱源温度と流量の安定性/基本料金の影響
MVR 蒸発・濃縮工程の蒸気を工程内で再利用 蒸発温度帯 60〜100℃(液性による) SEC[kWhe/t蒸発]
SEC ÷ 潜熱 → 熱1kWhあたりの電力量
蒸発・濃縮・結晶化、乾燥前段(食品・化学・排水) スケール・ファウリング/部分負荷時の効率/騒音・振動/水質と前処理
ORC 80〜150℃の余熱から小型発電 熱源 80〜150℃(冷却条件で変動) 発電効率(+稼働率・電力単価) 産業廃熱、エンジン排熱、低温地熱、データセンター 冷却水温度で効率が変化/作動媒体の規制・許認可/負荷変動への追従

3つのKPIでざっくり評価:COP・SEC・発電効率

詳細シミュレーションの前に、まずは3つの指標で「だいたいどれが有望か」を判断しておくと便利です。

1. COP(成績係数)|ヒートポンプの基本指標

  • 意味:供給熱[kWth] ÷ 電力入力[kWe]。
  • なぜ重要か:電気単価が同じなら、COPが2→3→4と上がるほど、熱1kWhあたりの電気代が下がるからです。
  • 使い方:補機電力も含めた「実効COP」で評価します。熱源温度と供給温度の差(リフト)が小さいほど有利です。
  • 目安:産業用高温ヒートポンプで概ね2〜4(条件次第)。

2. SEC(特定消費エネルギー)|MVRの工程効率を見る軸

  • 意味:蒸発1トンをつくるのに必要な電力量[kWhe/t]。
  • なぜ重要か:蒸発・濃縮ライン全体の効率を、1トンあたりの電力コストで比較できるからです。
  • 使い方:SEC ÷ 蒸発潜熱 → 熱1kWhあたりの電力量に換算し、電気単価を掛けてコストに変えます。
  • 目安:MVRで概ね30〜50 kWhe/t(液性・条件で変動)。

3. 発電効率|ORCの価値を見る軸

  • 意味:投入熱量に対する電力出力の比率(%)。
  • なぜ重要か:低〜中温の余熱を、どの程度「電力価値」に変えられるかを示すからです。
  • 使い方:熱源温度・冷却水温度・稼働率を前提に、発電効率×年間熱量で発電量を算出し、自家消費か売電かで価値を見ます。
  • 目安:80〜150℃の熱源で数%〜約20%

主要プレイヤーと実装例|HTHP・MVR・ORC

ここでは、各分野の代表的なプレイヤーを1〜2社ずつだけ取り上げます。スペックはあくまで「オーダー感」をつかむためのものです。

高温ヒートポンプ(HTHP)

AtmosZero(米)|既存ボイラ室への“Boiler 2.0”

  • ユニークな点:既存ボイラ室に置き換えやすい「Boiler 2.0」コンセプト。外気や低温排熱を使い、ヒートポンプで直接蒸気をつくる設計です。
  • 強い領域:食品・飲料などの低圧蒸気需要。大学キャンパスなどの蒸気系更新も想定されています。
  • スペック例:蒸気温度 約165℃、初代機 1.5 t/hクラス(パイロット)。2023〜2025年にかけて実証が進行中。

詳細はメーカー解説やIEA HPT Annexの資料が参考になります:AtmosZero|Electrify Steam

Heaten(ノルウェー)|〜200℃・MW級の高温ヒートポンプ

https://heatpumpingtechnologies.org/annex58/wp-content/uploads/sites/70/2023/12/hthpannex58templatesuppliertechnologyrev4-v3.pdf
  • ユニークな点:ピストン式コンプレッサを採用し、〜200℃の高温域と1〜8 MWthの大容量をカバー。12 barの直接スチーム供給も可能です。
  • 強い領域:連続操業を前提とした食品・化学工場のプロセス熱(高温水・蒸気)。
  • スペック例:1〜8 MWth、供給温度〜200℃、直接蒸気最大12 bar。

MVR(機械式蒸気再圧縮)

ENCON Evaporators(米)|中小規模向けMVRパッケージ

https://www.evaporator.com/mvr-evaporator
  • ユニークな点:中小規模の工場をターゲットにしたMVR/MVCパッケージで、運転コスト$0.01〜$0.02/galを訴求しています。
  • 強い領域:金属加工・表面処理・化学工場などの廃水を濃縮し、搬出コストを下げる用途。
  • スペック例:40〜4,000 gal/h(約0.15〜15 t/h)クラスのラインナップ。

ORC(有機ランキンサイクル)

Climeon(スウェーデン)|低温域に特化した小型ORC

https://climeon.com/heatpower-300-technology/
  • ユニークな点:80〜100℃の低温ジャケット水に最適化した小型ORC「HeatPower 300」。1台で最大355 kWe、多台数でMW級に拡張可能です。
  • 強い領域:データセンター、船舶エンジンの冷却水、低温地熱など、連続余熱の分散発電
  • スペック例:熱源80〜100℃、出力50〜355 kWe/台。

Orcan Energy(ドイツ)|後付けしやすいモジュール型ORC

  • ユニークな点:“efficiency PACK”シリーズ(例:eP 150.200)で、100〜200 kWe級モジュールを組み合わせて使える設計です。
  • 強い領域:既存プラントや船舶・地熱の小〜中規模案件への後付け(ジャケット水・排ガス・蒸気など多様な熱源)。
  • スペック例:液体80〜150℃・気体〜550℃まで対応するモデルをラインナップ。

LCOHeat(熱の平準化コスト)で「ボイラ vs 電化」を比べる

なぜLCOHeat(熱の平準化コスト)が必要か

電気代とガス代だけを並べても、ヒートポンプとボイラの公平な比較にはなりません。初期投資や寿命、保守費、稼働率まで含めた「熱1kWhあたりの総コスト」にそろえる必要があります。

そこで使うのが、LCOHeat(熱の平準化コスト)です。発電分野のLCOE(発電単価)の熱版と考えるとイメージしやすいです。

LCOHeatの式と3ステップ計算

LCOHeat[円/kWhth] = (A 年間固定費+B 年間運転費) ÷ C 年間の有効熱量

  • A 年間固定費:初期費用 ÷ 寿命。
  • B 年間運転費:(エネルギー単価/熱 × C)+ 年間保守費。
  • C 年間の有効熱量:年間の蒸気・温水供給量。GJで持っている場合は、1 GJ ≒ 277.78 kWhthで換算。

エネルギー単価/熱の求め方(技術別)

  • 高温ヒートポンプ:電気単価[円/kWhe] ÷ COP。
  • ガスボイラ:燃料単価[円/kWhLHV] ÷ ボイラ効率。
  • MVR:電気単価 × SEC[kWhe/t] ÷ 蒸発潜熱[kWhth/t]。水なら潜熱はおおよそ628 kWhth/t。

ヒートポンプ vs ガスボイラの簡易比較例

前提:年間の有効熱量 C = 1,000,000 kWhth/年。

  • 高温ヒートポンプの場合
    初期費用 1,000万円、寿命10年 → A=100万円/年。
    電気単価20円/kWhe、COP=3 → エネルギー単価/熱=約6.7円/kWhth
    B=6.7×100万=670万円+保守20万円=690万円/年。
    LCOHeat=(100+690)/100万=7.9円/kWhth
  • ガスボイラの場合
    初期費用 300万円、寿命10年 → A=30万円/年。
    燃料単価7円/kWhLHV、効率0.85 → エネルギー単価/熱=約8.2円/kWhth
    B=8.2×100万=820万円+保守10万円=830万円/年。
    LCOHeat=(30+830)/100万=8.6円/kWhth

この前提では、高温ヒートポンプがガスボイラより安くなります。最初はこのような簡易試算で候補を絞り込み、その後に感度分析や補助金を織り込むとスムーズです。

政策・補助金のポイント(日本/米国/EU)

高温ヒートポンプやMVR・ORCは、補助金や税制をうまく組み合わせることで回収年数が大きく変わります。ここでは、ごく大づかみにポイントだけ押さえます。

日本:SII・環境省SHIFT・GX経済移行債

  • SII|省エネ・非化石エネルギー転換補助金
    工場・事業場の省エネや高効率設備更新の定番枠です。複数年度の大型案件も対象となり、高温ヒートポンプやMVRを含む電化プロジェクトをまとめて申請するイメージです。
  • 環境省SHIFT
    省CO₂型設備への改修支援(補助率1/3、削減量に応じて上限1億円または5億円)と、DX型の小型メニュー(補助率3/4・上限200万円)があります。設備更新+運用最適化をセットで狙うと相性が良い制度です。
  • GX経済移行債
    国全体として20兆円規模の投資を後押しする枠組みで、上記の補助事業の財源にも使われています。大型案件では、「GX経済移行債の対象想定かどうか」を添えて社内説明できると対外説明もしやすくなります。

米国:ITC・Direct Pay・DOE IDP

  • ITC(投資税額控除)
    原則6%の控除率が、PWA(適正賃金・見習い)要件を満たすと30%に拡大し、さらにDomestic Content・Energy Communityの各条件で+10ポイントずつ加算されます。最大で50%相当の負担軽減が狙えるため、EPC段階から要件対応を組み込むのが重要です。
  • Direct Pay(Elective Pay)
    大学・自治体・公営施設など、税額控除を使いにくい主体でも、実質的に現金で受け取れる仕組みです。高温ヒートポンプ+MVR+ORCのような複合プロジェクトも設計次第で活用可能です。
  • DOE Industrial Demonstrations Program(IDP)
    産業部門の電化・低炭素化プロジェクトに対する大型支援プログラムです。海外案件の事例として、プロジェクトスケールやリスクシェアリングの参考になります。

EU:Innovation Fund・CISAF

  • Innovation Fund(イノベーション基金)
    産業部門や電力部門の脱炭素プロジェクトを支えるEUレベルの看板基金です。2025年には「産業熱オークション」が検討されており、プロセス熱の電化や廃熱回収が対象に含まれる見込みです。
  • CISAF(Clean Industrial Deal State Aid Framework)
    2025年に採択された新しい国家補助枠組みで、各加盟国が大規模ヒートポンプや廃熱回収プロジェクトに対して柔軟に補助を設計しやすくなりました。高温ヒートポンプ+地域熱ネットワークといった組み合わせ案件が増えることが期待されています。

FAQ|よくある疑問

  • Q1. 電気代が高いと電化は不利では?
    → 電力単価だけを見ると不利に見えますが、ヒートポンプはCOPによって電力を数倍の熱に変えます。
    熱1kWhあたりのコスト=電気単価÷COPで比較すると、ガスボイラより安くなるケースも多いです。
  • Q2. ヒートポンプ式ボイラと一般的な電気ボイラの違いは?
    → 電気抵抗式/電極式ボイラは「電気1に対して熱1」ですが、高温ヒートポンプは周囲の低温熱をくみ上げて「電気1に対して熱2〜4」程度を得ます。電力の使い方が根本的に異なります。
  • Q3. 高温ヒートポンプ・MVR・ORCは競合? 併用?
    → 役割が違うため、併用が基本です。
    ・高温ヒートポンプ:蒸気・温水をつくる主役
    ・MVR:蒸発・濃縮工程の蒸気を再利用し燃料を削減
    ・ORC:使い切れない余熱を発電に変換
    まず熱統合で需要を減らし、ベースを電化、ピークを既存ボイラで補う構成から検討するのが現実的です。
  • Q4. 冷媒や安全性は問題ない?
    → 産業用高温ヒートポンプは、CO₂やアンモニアなどの自然冷媒、あるいはA2L冷媒を用途に応じて使い分けます。温度レンジ、圧力、材料適合、漏えい対策、保守体制をメーカーの一次資料で必ず確認してください。
  • Q5. まず何から着手すべき?
    → おすすめの順番は次の3ステップです。
    1)自社の蒸気・温水の温度帯と年間熱量を棚卸しする。
    2)温度帯ごとに、HTHP・MVR・ORCのどれが当てはまりそうか○を付ける。
    3)本記事のLCOHeat式をExcelに入れ、「ボイラ継続」「部分電化」「フル電化」など3〜4パターンを簡易比較する。

参考リンク集

技術・市場

政策・補助(日本)

政策・補助(米国)

政策・補助(EU/加盟国)

略語集

LCOHeat / LCOH(熱の平準化コスト):年間固定費+運転費を年間の有効熱量で割った単価指標[円/kWhth]。投資・運転・稼働率・補助金を含めた比較に使う。
HTHP(High-Temperature Heat Pump):80〜160℃級(〜200℃実証)の産業用高温ヒートポンプ。蒸気・高温水の供給に用いる。
MVR(Mechanical Vapor Recompression):機械式蒸気再圧縮。蒸発・濃縮工程で低圧蒸気を圧縮再利用し、蒸気消費を削減する方式。
ORC(Organic Rankine Cycle):有機ランキンサイクル。80〜150℃の低〜中温余熱から発電する方式。
COP(Coefficient of Performance):成績係数。供給熱[kWth] ÷ 電力入力[kWe]。
SEC(Specific Energy Consumption):特定消費エネルギー。工程1単位(例:1 t蒸発)あたりの電力量などの原単位。
LHV(Lower Heating Value):低位発熱量。燃料中の水分を水蒸気のまま排気したときの発熱量。
ITC(Investment Tax Credit):米国の投資税額控除。
PWA(Prevailing Wage & Apprenticeship):米ITCの加点要件。適正賃金と見習い枠の確保。
Direct Pay / Elective Pay:非課税主体でもITCを実質現金化できる仕組み。
Innovation Fund(IF):EUの大型脱炭素投資支援枠。
CISAF:Clean Industrial Deal State Aid Framework。EUの新しい国家補助枠組。

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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