再エネ電力で水を分解する水電解は、グリーン水素の製造を支える中核技術です。AWE・PEM・SOEC・AEMという4つの方式の違いとコスト構造を整理しておくことが、これからの水素・アンモニア戦略を考えるうえで役に立ちます。
3行サマリー(この記事で分かること)
- 水電解で何ができるか:再エネ電力で水を分解し水素を製造。CO₂を出さない次世代の燃料・原料候補を理解できる。
- 4方式の現在地と進化の方向:商用域のAWE・PEMと、実証段階のSOEC・AEMの効率・コスト・負荷追従性の違いを俯瞰できる。
- 事業化で押さえるべきコストドライバー:電源コスト・稼働率・温度条件と、政策支援を織り込んだLCOHの考え方を整理できる。

はじめに ― 水電解4方式をざっくり掴む
水電解は、水(H₂O)に電気を流して水素(H₂)と酸素(O₂)を取り出す技術です。とくに再エネ由来の電力と組み合わせれば、CO₂排出をほぼ伴わないグリーン水素を製造できる点が大きな特徴です。
現在の水電解は、電解質や動作温度の違いからAWE(アルカリ)、PEM(固体高分子)、SOEC(高温固体酸化物)、AEM(陰イオン交換膜)の4方式に大別されます。短期的にはAWEとPEMが導入の中心になり、2030年代以降はSOEC・AEMを含めて「どの条件にどの方式を当てはめるか」が勝負になっていきます。
以下では、まず4方式の特徴と技術課題を整理し、そのうえでコスト構造や政策環境、事業化の考え方を順に見ていきます。
水電解の4つの主な方式
水電解にはAWE(アルカリ水電解)、PEM(固体高分子膜)、SOEC(固体酸化物)、AEM(陰イオン交換膜)の4方式があります。技術成熟度(TRL)で見ると、AWEとPEMは商用域(TRL9)、SOECは商用目前の実証段階、AEMは成長途上です。ここでは、「どの方式が、どんな条件で使いやすいか」という視点で特徴を押さえます。
AWE(アルカリ水電解)
歴史が長く実績が豊富で、材料コストが低くCAPEXを抑えやすく、大規模化にも強みがあります。低電流密度で設置面積が大きくなりがちで、従来は再エネ負荷追従が苦手でしたが、近年ではVerdagyのDynamic AWEのように高電流密度かつ広い可動域を持つ設計により、再エネ変動への追随性を高める事例も登場しています。
PEM(固体高分子膜)
高電流密度でコンパクト、応答性が非常に速く、高圧水素の直接供給も容易です。とくに再エネの変動追従に適しており、短時間での起動停止や出力調整が求められる用途で重宝されます。一方で、触媒のイリジウムなどPGM依存が課題で、コスト低減には材料開発と量産化が必要です。
SOEC(固体酸化物)
高温(600〜850℃)で電解するため、理論効率が高い方式です。産業排熱や原子力との熱統合でLCOH低減が期待されており、CO₂とH₂Oの同時電解で合成ガスを直接生成する拡張性もあります。課題は高温環境での材料の耐久性、熱サイクルによる劣化、起動停止の遅さ、急峻な負荷追従の難しさです。
AEM(陰イオン交換膜)
アルカリ環境下で動作し、非貴金属触媒の採用が可能です。PEM並みの高速応答性を狙いつつ、触媒にイリジウムが不要で、低CAPEX化のポテンシャルがあります。AWEとPEMの良い所どりとも呼ばれる技術です。一方で、現状は耐久性や長期運転データが不足しており、膜の化学的・機械的安定性やスケール実証が課題です。
各方式の比較:CAPEX、OPEX(電解効率)、TRL、負荷追従性
4方式を横並びで比較すると、2030年代に向けてCAPEXの目標値はおおむね同じレンジに収れんし、差が出るのは電力消費と運転モードという構図が見えてきます。以下はDOEなどの公表値に基づく整理です。
| 方式 | CAPEX現状 (USD/kW, Total Installed) | CAPEX目標 (USD/kW, 2031, Total Installed) | 電力消費(現状) kWh/kg-H₂ ※BOL | 電力消費(目標) kWh/kg-H₂ ※BOL | TRL相当 | 再エネ負荷追従性 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| AWE(アルカリ) | 1,000–1,500 | 210 | 55 | 48 | 商用域(≈TRL9) | 原則不可~限定可(設計次第) |
| PEM | 1,400–2,200 | 210 | 55 | 46 | 商用域(≈TRL9) | 可(高応答) |
| SOEC(高温) | 4,000–5,000 | 280 | 38(電)+9(熱) | 35(電)+7(熱) | 実証~商用接近(≈TRL7–8) | 原則不可(熱応答の事情で厳しめ) |
| AEM | 参考: 約500※1 | 210※2 | 約55.8※3 | 49※3 | パイロット(≈TRL6–7) | 可(高応答) |
この表から分かるように、2031年目標ではAWE・PEM・AEMのCAPEXは210$/kW前後でほぼ横並びになります。一方でSOECだけは、高温熱を活用できるサイトでこそ真価を発揮する「高効率だがニッチな方式」として位置づけられます。
※BOL=Beginning of Life(@定格時)。SOECは別途「熱投入(kWhth/kg-H₂)」が必要です。
※1 AEMの現状CAPEXは公的な「Total Installed」統計が乏しいため、ベンダー公表の量産時目標(Enapter「1MW AEMで$500/kW/2025スケール時」等)を参考値として記しています(Recharge 2021/Recharge 2022)。
※2 DOE「Hydrogen Shot: Water Electrolysis Technology Assessment」(2024)では、AEMは「PEMに近い技術目標(2031)」を志向と明記。表中の目標はPEMの目標値に整合させています(DOE資料ではAEMは方針のみの記載)。
※3 AEMの電力消費はDOE/NRELの公開資料に基づくシステム値:現状55.8 kWh/kg-H₂、将来設計で約49 kWh/kg-H₂(James 2021, DOE H2 Program Review)。
出典
- DOE, Hydrogen Shot: Water Electrolysis Technology Assessment(2024)Appendix A-1(PEM), A-2(LA/AWE), A-3(O-SOEC):CAPEX(Total Installed)現状/2026/2031、System電力消費(BOL)現状/目標の一次表。PDF
- DOE/EERE, Technical Targets for PEM Electrolysis・Technical Targets for Liquid Alkaline Electrolysis・Technical Targets for High Temperature Electrolysis:目標値の補足確認。PEM/AWE/SOEC
- DOE/NREL, James (2021)「Hydrogen Production and Delivery Analysis」:AEMのSystem電力消費(55.8→約49 kWh/kg-H₂)。PDF
- DOE/EERE, Technology Readiness Levels(TRL)定義:TRLの解釈とマッピング。PDF
- 負荷追従性:DOE(2024)p.14「PEMはデモ実績あり、LA(AWE)/O-SOECは可否・耐久の検証が進行中」の記載。PDF
各方式の技術課題と改善トレンド
4方式は「できること」が違うだけでなく、解決すべき技術課題も異なります。ここでは、それぞれの弱点がどこにあり、世界のメーカーや研究機関がどの方向で改善しようとしているのかを整理します。
| 方式 | 主な技術課題 | 改善トレンド・打ち手 |
|---|---|---|
| AWE(アルカリ水電解) | ・電解効率の向上(セル内部抵抗・極間距離・ガス拡散) ・ガス交差による純度低下/安全性リスク ・動的運転での劣化(部分負荷・頻繁な起動停止) | ・ゼロ/ニアギャップ化・改良セパレータで内部抵抗低減→効率向上 ・高選択隔膜・差圧制御・オンライン純度監視でガス交差抑制 ・高電流密度設計、セル単位監視・ホットスワップで可動域拡大と耐久性向上(Dynamic AWE 等) |
| PEM(高分子膜) | ・アノード触媒のIr依存によるコスト高 ・PTL(ポーラス輸送層)・膜の製造コスト ・動的負荷での膜/界面劣化(電位スパイク・乾湿サイクル) | ・超低担持(≤0.1–0.2 mg/cm²)・高分散化、Ir合金/酸化物支持・Ir使用量削減 ・PTLの成形簡素化(焼結→プレス/コーティング)と量産設計でCAPEX低減 ・強化膜・耐久イオノマー、電位管理・起動停止プロトコル最適化で劣化抑制 |
| SOEC(固体酸化物・高温) | ・高温材料(インターコネクト・シール)の耐久性 ・サーマルサイクル起因の劣化/起動時間の長さ ・負荷追従の難しさ(熱応答・熱応力) | ・低温動作域材料(改良電解質・電極・シール)で応力低減→寿命延長 ・蓄熱・段階昇温・スタック断熱設計で起動時間短縮とサイクル耐性向上 ・原子力/産業排熱との熱統合で一定負荷運用を前提に高効率化 |
| AEM(陰イオン交換膜) | ・膜・イオノマーの化学/機械的安定性(大型化・加圧下) ・非貴金属触媒の活性・耐久 ・炭酸塩化などの電解液管理と長時間実証の不足 | ・耐アルカリ性の高いAEM・補強膜の開発で長寿命化(大面積スケール) ・Ni-Fe/Co 系などのPGMフリー触媒の改良・被毒耐性強化 ・CO₂管理(クローズドループ/炭酸塩除去)と1〜2万時間級の運転データ蓄積 |
ざっくり言えば、AWEは効率と動的運転、PEMはPGM依存、SOECは高温材料とサーマルサイクル、AEMは膜と非貴金属触媒の寿命が主要課題です。中長期的には、「どこまでPGMを減らせるか」「どこまで高温運転を安定化できるか」がコスト競争力を左右するポイントになります。
各方式の代表的スタートアップ
水電解スタートアップの動向を見ると、各方式の「どのボトルネックを解こうとしているか」がよく分かります。ここでは、代表例を方式ごとに整理します。投資家や提携企業の顔ぶれを見ると、どの方式にどの業界がベットしているかもイメージしやすくなります。
| 方式 | 企業名 | 特徴(戦略・技術の要点) | 主な出資者(公開情報の抜粋) |
|---|---|---|---|
| AWE | Verdagy | 何を:変動再エネに合わせて柔軟に運転できるAWE。 どうやって:大面積の単セル構造×高電流密度、セル単位の監視・交換性で広い可動域を確保(Dynamic AWE)。 どこまで:モジュールは数十MW級から200MW+へのスケールを想定。 | 戦略投資:Shell Ventures、Yara Growth Ventures、Galp ほか 機関・CVC:Temasek、Samsung Ventures、Zeon Ventures、Toppan Ventures 等 産業系:BlueScope、Tupras Ventures ほか |
| PEM | Electric Hydrogen (EH2) | 何を:大規模PEMの量産と導入コスト低減。 どうやって:米マサチューセッツ州Devensにギガファクトリー(約1.2GW/年)、産業用途向けのBOP統合と現場据付の標準化。 どこまで:シリーズCで大型調達、ユニコーン化。北米・中東での導入案件を開拓。 | エネルギー/産業:bp Ventures、Fortescue、MHI、Honeywell 等 金融・政府系:Temasek、Oman Investment Authority VC/インパクト:Breakthrough Energy Ventures、EIP、Fifth Wall、Capricorn、Prelude、S2G ほか |
| SOEC | Sunfire | 何を:高温電解で最高クラスの効率を実証し商用化へ。 どうやって:HyLink SOECの標準モジュール化、欧州域内製造の拡張。 どこまで:実証で~84–88% LHV級の効率を公表、量産ラインと受注を拡大。 | 投資ファンド:GIC、Lightrock、Planet First Partners、Carbon Direct Capital 等 企業・財団:Amazon Climate Pledge Fund、Ahren、LGT Private Banking ほか ファイナンス:EIB(融資)、各種助成 |
| Ceres Power | 何を:SOEC/SOFCのプラットフォーム+ライセンスモデル。 どうやって:Shellと1MW SOEC実証、加圧モジュール開発で100MW級へのスケール研究。 どこまで:Bosch/Weichai/Doosan などとの長期提携で量産網を整備。 | 提携先:Shell(実証)、Bosch、Doosan、Weichai 等(上場企業・提携中心) | |
| AEM | Enapter | 何を:AEMの商用化を牽引。 どうやって:Multicore/Nexusなどのモジュール多芯化でスケール、3–100%の可動域と使い勝手を両立。 どこまで:公表SECは約~53 kWh/kgクラス、量産モジュールの出荷を拡大。 | 上場企業(主要株主は公開情報参照)、IPCEI等の補助・共同実証を活用 |
| EVOLOH | 何を:スタック製造の量産・低コスト化に特化。 どうやって:米国で数GW級の年産計画、製造プロセスの内製化でCAPEX構造を改善。 どこまで:ユーティリティ・産業向けにサプライ能力を拡大中。 | 出資:Engine Ventures(Lead)、NextEra系、3M Ventures ほか | |
| Alchemr | 何を:高電流密度・耐久のAEMスタック。 どうやって:PGMフリー触媒と耐アルカリ膜、Shell GameChanger/DOE支援の実証。 どこまで:連続運転データの積み上げとスケール検証を進行。 | 出資・支援:Repsol Foundation、Shell GameChanger、U.S. DOE ほか | |
| Power to Hydrogen | 何を:高圧・高電流密度のAEMで産業実装を狙う。 どうやって:欧米の電力・素材系と実証、加圧・耐久の設計に注力。 どこまで:シリーズAで$18M超調達、商用案件を拡大。 | 出資:Rev1 Ventures(Lead)、Worthington Enterprises、Finindus、JERA、旭化成、AEP、EDP Ventures、E.ON、ESB 等 | |
| その他 | H2Pro | 何を:E-TAC(電気化学+熱化学の分離運転)で高効率化。 どうやって:バッチ運転の制御とシステム設計で設備・運用コストを最適化。 どこまで:E-TACモジュールの商用スケール化と量産体制構築を目指し、2020年代後半に数十MW級案件での実装を計画。 | 出資:Temasek、ArcelorMittal XCarb、Yara、Hyundai、Breakthrough Energy Ventures ほか |
| Advanced Ionics | 何を:産業排熱と統合する水蒸気電解で電力消費を低減。 どうやって:プロセス熱を使い、電力は~35 kWh/kg級を主張(サイト条件に依存)。 どこまで:化学・製油・食品など熱リッチな産業とのPoCを拡大。 | 出資:bp ventures(Lead, Series A)、Clean Energy Ventures、MHI、GVP Climate、Aster ほか |
スタートアップの動きを見ると、AWEは極限までCAPEXを下げつつ柔軟運転、PEMはギガファクトリー化とPGM削減、SOECは効率と熱統合、AEMは量産プロセスと膜・触媒の成熟に注力していることが分かります。どの企業も「水素そのもの」ではなく、その前後にある電力・熱・プロセスとの組み合わせで優位性を作ろうとしています。
※各社の仕様・投資状況は公開情報に基づく要約です。読みやすさを優先して投資家名は代表的なものに絞っています。詳細は各社のニュースリリース・年次報告・公的助成情報をご参照ください。
政策・市場環境(米・欧・日)
水電解の事業性は、技術だけでなく政策支援に大きく左右されます。とくに米国のIRA 45V、EUのHydrogen Bank、日本の水素基本戦略は、「どこで・どの方式の水電解が先に立ち上がるか」を決める重要な前提条件です。
米国(IRA 45V)
2025年1月に、米国のインフレ抑制法(IRA)に基づくクリーン水素生産税額控除「45V」の最終規則が公表されました。この制度では、製造過程のCO₂排出量(カーボンインテンシティ)に応じて、最大3米ドル/kg-H₂までのクレジットが付与されます。これはグリーン水素のLCOH(均等化水素コスト)を大きく引き下げる効果があります。
一方で、米下院では「IRA廃止法案」が可決され、現在は上院での審議待ちという状況です(25年8月時点)。このため、政策の長期的安定性には不確実性が残っています。加えて、適用にあたっては「電源アドショナリティ(追加性)」「時間一致性」「地域一致性」などの条件や、排出量計算に用いるGREET 45VH2モデルの運用が重要な論点となっています。
欧州(EU)
EUでは、水素製造と需要拡大を同時に促進するため、Hydrogen Bankの入札制度(製造者に対するプレミアム支援)や、IPCEI(欧州共通利益のための重要プロジェクト)を活用した補助金制度を展開しています。これにより、商用規模のプロジェクトに対して数億〜数十億ユーロ規模の支援が実施され、域内での大規模製造能力の確立が加速しています。
特にSOECやAWEの分野で欧州メーカーの資本力と生産能力が強化されており、域内供給チェーンを重視した「欧州版水素バリューチェーン」が形成されつつあります。これは、海外依存を減らし、サプライチェーンの安定性を確保する狙いもあります。
日本
日本政府は水素基本戦略(2023年改訂版)を策定し、2030年・2050年の水素導入目標に向けた供給コスト低減と需要拡大のロードマップを提示しました。この中では、1kgあたりの供給コストを2030年までに30円/Nm³程度(約3米ドル/kg-H₂)まで下げることを目指しています。
施策としては、クレジット型の導入支援(CO₂削減価値を取引可能にする制度)や、GX(グリーントランスフォーメーション)関連補助金を活用した製造設備・輸送インフラへの支援があります。加えて、海外からの輸入と国内生産の両方を組み合わせた多様なサプライチェーンの構築を推進しています。
事業化の考え方:条件から逆算して方式とコストを決める
グリーン水素の事業化は、装置カタログの数値だけでは最適解にたどり着けません。重要なのは、「サイト条件と電源条件」から逆算して、方式と運転モードとコスト構造を決めることです。ここでは、LCOHの簡略式を使って考え方を整理します。
まずは①電源のコストと可用性、②負荷プロファイル、③サイトの温度条件という3つの前提条件をはっきりさせ、その結果としてどの方式が向き、どの原価項目(LCOH)にテコが効くのかを逆算します。
※ 政策や補助金も非常に重要な要素ではありますが、この章では純粋な製造コストについて考察します。
3つの前提条件
- ① 電源のコストと可用性:時間帯で電力単価が大きく変わるか、安価電力の利用時間はどれくらいか。
- ② 負荷プロファイル:変動再エネ直結で起動停止が多いのか、それとも系統・自家発で連続運転か。
- ③ サイトの温度条件:高温排熱や原子力熱が使えるか(SOECの熱統合が可能か)。
LCOH(均等化水素コスト)の簡略式
水素1kgあたりの製造コスト(LCOH)は、次の式で主要因子(電解効率・電力価格・稼働率・設備費)に分解できます。
LCOH [USD/kg-H₂] = SEC × { (CAPEX / L + O&M) / (CF × 8760) + pe }
- SEC:電解効率(kWh/kg-H₂)
- CAPEX:設備費(USD/kW)
- L:耐用年数(年)
- O&M:年間運転維持費(USD/kW-年)
- CF:設備利用率、8760:時間/年
- pe:電力単価(USD/kWh)
式を眺めると、水電解のLCOHは「電力費(SEC×pe)」「設備費(CAPEX/L)」「稼働率(CF)」の三つ巴で決まることが分かります。どこにレバーがあるかは、サイト条件と運転モード次第です。
運転モードで変わるLCOH最適化の考え方
負荷追従(PEM/AEMが得意)
- 安価な時間帯だけ稼働するとCFが下がり、式の
{(CAPEX/L + O&M)/(CF×8760)}が大きくなります。 - 一方でpeは下げやすいので、CAPEX/O&Mの圧縮(モジュール化・据付簡素化)と安価電源の最大活用でバランスを取ります。
- 起動停止の寿命影響を抑える制御、部材(膜、触媒層、PTL など)の低コスト化がカギとなります。
24時間の定常運転(AWE/SOECが得意)
- CFが高いためCAPEX項は薄まりますが、電力費(pe × SEC)の寄与が相対的に大きくなります。
- 一方で、クリーンな安定電源の調達コストは安価な変動再エネに比べると高コストであり、peの低減には限界があります。
- したがってSECの低減=効率向上が最重要。SOECなら高温熱との統合で電力消費を置換でき、さらに有利になります。
まとめると、変動再エネ直結ならPEM/AEMで安価時間帯を攻めつつCAPEXとO&Mを抑える戦略、24時間定常運転ならAWE/SOECで高いCFと効率を両立させる戦略が基本線になります。どちらの戦略を取るかで、事業計画の数字は大きく変わります。
方式の目安(条件→方式→狙い目)
- 変動再エネ直結・安価時間帯重視:PEM / AEM(高速応答)。
狙い目=CAPEX/O&Mの圧縮+安価電源の組み合わせ(CF低下の影響とトレードオフ)。 - 高温熱が使える工場・原子力サイト:SOEC。
狙い目=熱統合でSEC(電解効率)を低減、連続運転でCF高維持。 - 大規模・初期コスト重視・広い用地:AWE(新設計含む)。
狙い目=CAPEX/Lの圧縮と長時間定格運転でCFを高く維持。
参考:グリーン水素以外の低炭素水素
水素には様々な「色」の呼び方があります。もちろん実際に水素自体に色があるわけではなく、製造方法とライフサイクル排出量に応じた便宜上の分類です。ここまで扱ってきたグリーン水素は、再生可能エネルギーで水を電気分解して得られる水素で、製造プロセス全体でCO₂を排出しないことを目指します。
一方で、グリーン水素以外にも複数の低炭素水素オプションがあります。代表的なものが、化石燃料+CCSのブルー水素、メタン熱分解によるターコイズ水素、地下に自然に存在するホワイト水素(天然水素)です。以下では、それぞれの特徴と課題を簡単に整理します。
ブルー水素(化石燃料+CCS)
ブルー水素は、天然ガスなどの化石燃料を水蒸気改質(SMR)して製造した水素の製造過程で発生するCO₂をCCS(Carbon Capture and Storage)で回収・貯留する手法です。従来型のグレー水素(CO₂をそのまま排出する方式)と比べて温室効果ガス排出を大幅に削減できます。
課題は、CCSの捕集率が理論値の100%には達せず、90〜95%程度が一般的であること、そしてCCS設備やCO₂輸送・貯留インフラのコストが高いことです。また、原料となる天然ガスの供給安定性や価格変動も事業性に影響します。
ターコイズ水素(メタン熱分解)
ターコイズ水素は、メタン(CH₄)を高温で分解し、水素と固体炭素を生成する手法です。この過程ではCO₂が直接発生しないため、原理的にはCCSが不要という利点があります。副生する固体炭素は、タイヤ・電池・建材などの材料用途に活用できる可能性があります。
ただし、事業性は原料ガスのメタン漏洩率や熱源のカーボンインテンシティ(CI)に大きく依存します。再エネや低炭素電力を熱源に使うことで環境負荷を低減できますが、高温条件に耐える反応炉や材料の開発、大規模スケールでの安定運転が勝負どころです。
ホワイト水素(天然水素)
ホワイト水素は、地下の地質構造中に自然に存在する天然水素資源を指します。近年、欧米を中心に探鉱活動が加速しており、政府や研究機関からの政策ブリーフや調査報告も増えています。天然水素は生成過程でCO₂を排出しないため、低環境負荷な供給源となる可能性があります。
ただし、商用化には可採量の確定や長期安定的な採取技術の確立が必要です。また、採掘・輸送コストや環境影響評価もこれからの検証課題です。埋蔵量が大規模で事業化に耐えうると判明すれば、水素供給の地図を大きく塗り替える可能性を秘めています。
参考リンク集(主要ソース)
- DOE “Hydrogen Shot: Water Electrolysis Technology Assessment”(最新のkWh/kg・CAPEX(現状→2031目標)・ロードマップ)
- IEA “Electrolysers”技術ページ(TRL・コストレンジ・SOEC効率の概観)
- 負荷追従(動的運用)の概説:NREL “Operating Strategies for Dispatchable PEM Electrolyzers for Load Following” など(PEM可、AWE/SOECは原則厳しめの整理)
- Verdagy(Dynamic AWE)ホワイトペーパー・投資家発表
- Electric Hydrogen(Series C/投資家一覧、Devensギガファクトリー計画)
- Sunfire(資金調達、SOEC効率実証)
- Ceres Power × Shell(1MW SOEC実証に関するニュース・決算資料など)
- Enapter/AEM(FAQ・消費電力、製品資料)
- AEMレビュー論文(L. Liu et al., Membranes 2024, 14, 85:AEMWEの到達点と課題)
- 政策:米・45V最終規則(TD 10023)/IRA廃止法案を巡る下院動向、EU・Hydrogen Bank、日本・水素基本戦略(2023年改訂版・概要資料)
略語集
- AWE:Alkaline Water Electrolysis(アルカリ水電解)
- PEM:Proton Exchange Membrane(固体高分子形)
- SOEC:Solid Oxide Electrolysis Cell(固体酸化物形/高温)
- AEM:Anion Exchange Membrane(陰イオン交換膜)
- TRL:Technology Readiness Level(技術成熟度段階)
- CAPEX:資本費(設備投資額)
- BOL:Beginning of Life(初期状態)
- LCOH:Levelized Cost of Hydrogen(均等化水素コスト)
- PGM:Platinum Group Metals(白金族金属)
- IRA/45V:Inflation Reduction Act / クリーン水素生産税額控除(最大$3/kg)

