Series Aで1.5億ドル調達のValar Atomicsとは?原子力ギガサイトで水素・合成燃料・AI電源を狙う米スタートアップ

Valar Atomicsは、高温ガス炉を使って水素や合成燃料、AIデータセンター電源をまとめて供給しようとする米国の原子力スタートアップです。2025年に1億5,000万ドル超を調達し、小型炉を「ギガサイト」で数百基並べる構想で、エネルギーと産業インフラの両面から注目を集めています。

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目次

3行サマリー

  • Valar Atomicsは高温ガス炉ベースの小型モジュール炉を量産し、水素・合成燃料・AIデータセンター電源を一体で供給する事業構想を示している。
  • 同社は「ギガサイト」と呼ぶ拠点に小型炉を100〜1,000基集約し、重工業とデータセンター向けにグリッド外でエネルギーを販売するモデルを描いている。
  • 2025年にシード1,900万ドルとSeries A 1億3,000万ドルを調達し、ユタ州Ward 250試験炉とフィリピンWard Oneなどのプロジェクトを進めている。

1. Valar Atomicsの企業概要

1-1. 会社プロフィール

項目内容
社名Valar Atomics
所在地米国カリフォルニア州(エルセグンド周辺)
創業2023年前後(非公開だが報道ベースの推定)
事業領域高温ガス炉ベースの小型モジュール炉(SMR)開発と量産
創業者/CEOIsaiah Taylor(高校中退→ソフトウェアエンジニア→起業家)
従業員規模約30〜40名(原子力・ハード・ソフトウェアの専門家)
累計調達額1億5,000万ドル超(2025年末時点の報道ベース)
想定顧客重工業、化学、製鉄、航空燃料サプライヤー、AIデータセンター事業者

1-2. ミッションと目指す姿

Valar Atomicsのミッションは、「重工業やデータセンター向けに、原子力由来の電力・高温熱・クリーン燃料を大量かつ安価に供給すること」です。

同社は、従来のように個別の原発プロジェクトを積み上げるのではなく、「原子炉そのものを製品として量産し、ギガサイトで並べる」という製造業的なスケールを志向します。これにより、建設コストの平準化と建設期間の短縮を狙います。

投資家の顔ぶれを見ると、防衛テックやAIインフラに強いプレーヤーが多く、Valar Atomicsが「原子力×合成燃料×AIデータセンター電源」を横断するインフラ企業として期待されていることが分かります。

2. ビジネスモデル:ギガサイト構想の整理

2-1. ギガサイトとは何か

ギガサイト(Gigasite)は、Valar Atomicsが提唱する拠点モデルの名称です。1つの拠点に小型高温ガス炉を100基〜1,000基規模で集約し、グリッドの手前で産業向けエネルギーを供給する構想です。

観点ギガサイトの特徴
原子炉の数100〜1,000基の小型高温ガス炉を1拠点に集約
接続形態BtM(Behind the Meter=グリッド外)で顧客に直接供給
主な顧客重工業、化学プラント、空港近傍燃料拠点、AIデータセンター
狙い電力市場価格に依存せず、長期オフテイクで高付加価値の燃料・電力を販売

投資家レポートでは、100基規模のギガサイトで合成燃料を中心に年間10億ドル規模の収益ポテンシャルがあるとされ、1,000基規模まで拡張すれば、1サイトで100億ドル級の売上も理論上はあり得ると試算されています。

2-2. 何を売るのか:プロダクトの整理

Valar Atomicsは、ギガサイトで生み出したエネルギーを、電力だけでなく複数の形に変換して販売しようとしています。

プロダクト用途・ターゲット
電力AIデータセンター向けのベースロード電源、産業用電力
高温熱製鉄・化学・セメントなどの高温プロセスへの供給
水素燃料・化学原料・合成燃料の原料として利用
合成燃料(e-fuel)航空燃料、ディーゼル代替燃料などへの展開

同社は、水素とCO₂から合成する炭素中立な燃料市場に強い関心を示しています。航空燃料や長距離輸送用燃料は電化が難しい領域であり、合成燃料を組み合わせることで原子力の価値を高めようとしています。

3. 技術の中身:高温ガス炉とTRISO燃料

3-1. 炉型・燃料の概要

ここでは、Valar Atomicsの原子炉技術を簡潔に整理します。原子炉そのものは専門的ですが、用途を理解するうえでは特徴を押さえるだけで十分です。

項目内容
炉型高温ガス炉(High-Temperature Gas-cooled Reactor: HTGR)
冷却材ヘリウムガス
減速材黒鉛
燃料種TRISO燃料(多層コーティング微粒子燃料)+HALEU
想定出口温度最大約900℃
初期試験炉出力約100kW熱(Ward 250)

TRISO燃料は、直径1mm前後の燃料粒子の中心に核燃料があり、その周囲を複数のセラミックス層で包んだ構造です。燃料粒子そのものが「小さな容器」の役割を持ち、高温でも放射性物質を閉じ込めやすいとされています。

3-2. 高温熱を活かした水素・合成燃料

高温ガス炉の強みは、900℃級の高温熱を取り出せる点です。Valar Atomicsは、この高温熱を使って水素を製造し、その水素を合成燃料に変換する構想を描いています。

  • 高温熱+水:熱化学サイクル(水素製造プロセス)の効率向上
  • 水素+CO₂:合成航空燃料や合成ディーゼルへの転換
  • 高温熱そのもの:製鉄・化学・セメントプロセスへの直接供給

同社は、「電力ビジネス」から「燃料・素材ビジネス」までを一気通貫でカバーする原子炉を目指していると言えます。電力だけでなく燃料や素材に変換することで、収益源を多様化しようとしている点が特徴的です。

4. 開発ロードマップ:Ward One・Ward 250・NOVA

4-1. プロジェクト全体像

Valar Atomicsの主要プロジェクトを表にまとめると、次のようになります。

プロジェクト名場所目的規模・出力位置づけ
NOVA米国ロスアラモス国立研究所(試験設備)炉心サブアセンブリの零出力臨界試験零出力(物理実証用)炉物理モデルの検証・設計妥当性の確認
Ward 250米ユタ州 San Rafael Energy Lab100kW級高温ガス炉の実証約100kW熱DOE原子炉パイロットプログラムの一部
Ward Oneフィリピン(Valar Atomics Research Institute)研究・教育用マイクロ高温ガス炉小出力・非系統接続人材育成・国際連携・データ取得

4-2. NOVA:零出力臨界の意味

2025年11月、Valar Atomicsは「NOVA」と呼ぶコア部分のサブアセンブリで、零出力臨界(zero-power criticality)を達成したと発表しました。この試験はロスアラモス国立研究所の設備を利用して実施されました。

零出力臨界は、発電に使える出力ではなく、「設計どおりに核分裂連鎖反応が持続するか」を確認するための試験です。Valar Atomicsにとっては、NOVAで炉物理モデルの妥当性を示し、ユタ州のWard 250本体へ進むための基礎データを得た段階と位置づけられます。

4-3. Ward 250・Ward Oneのねらい

ユタ州のWard 250は、DOE原子炉パイロットプログラムの一案件として、2026年7月4日までに臨界に到達することを目標としています。このパイロットプログラムでは、少なくとも3つの先進炉が同じ期限までに臨界に達することが求められており、Valar Atomicsはその1つになることを狙っています。

一方、フィリピンのWard Oneは、研究・教育・人材育成の色合いが強いプロジェクトです。フィリピン原子力研究所との協力により、新興国の原子力人材育成や技術移転のモデルケースになることが期待されています。

両プロジェクトを通じて、同社は「炉物理の実証」「運転経験の蓄積」「国際的な信頼の獲得」を段階的に進めようとしています。

5. 資金調達と投資家:誰が支えているのか

5-1. ラウンドごとの整理

Valar Atomicsの資金調達を、ラウンド別に整理すると次のようになります。

ラウンド時期(報道ベース)調達額主なリード投資家その他の投資家
Seed2025年2月1,900万ドルRiot VenturesAlleyCorp、Initialized Capital、Day One Ventures、Steel Atlas など
Series A2025年11月1億3,000万ドルSnowpoint Ventures、Day One Ventures、Dream VenturesBalerion、Contrary、DTX、Alumni、Crosscut、TriplePoint など

この2ラウンドにより、累計調達額は1億5,000万ドルを超えました。資金は、試験炉の設計・建設、人材採用、ギガサイト構想の詳細設計などに投じられています。

5-2. 個人投資家と戦略的な意味

Valar Atomicsには、防衛テック企業Andurilの創業者Palmer Luckey氏や、Palantirの幹部Shyam Sankar氏、元AT&T CEOでLockheed Martin取締役のJohn Donovan氏など、戦略的な意味合いを持つ個人投資家も参加しています。

さらに、Snowpoint Venturesの共同創業者で元Palantirグローバルディフェンス責任者のDoug Philippone氏がValar Atomicsの取締役に就任しました。この構成から、投資家コミュニティはValar Atomicsを、「エネルギーインフラでありつつ、安全保障やAIインフラとも結びつく長期テーマ」として見ていると解釈できます。

6. 規制・リスクと今後の論点

6-1. DOEパイロットプログラムとNRC

Valar Atomicsの開発スピードを支えるのが、米国エネルギー省(DOE)の原子炉パイロットプログラムです。この枠組みでは、国立研究所のインフラを活用しながら、先進炉の臨界試験を加速することが目標になっています。

一方で、商用炉として運転するには、最終的に米原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission: NRC)の認可が不可欠です。研究用の試験と商用ライセンスの間にはギャップがあり、Valar AtomicsはLast EnergyやDeep Fissionなどとともに、小型炉に対するNRCの権限や規制のあり方をめぐる訴訟にも関与していると報じられています。

6-2. 想定されるリスク

外部から指摘されている主な論点を整理すると、次のようになります。

  • タイムライン:設計・建設・臨界・出力試験までを数年単位で進める計画が安全性や品質を損なわないか。
  • 規制の再接続:DOEパイロット下での実証結果を、NRCの商用ライセンスにどう接続するか。
  • 燃料・人材の供給:HALEUやTRISO燃料の供給体制、100〜1,000基の炉の運転・保守を担う人材の確保。
  • 社会受容性:ギガサイトで大量の小型炉を運転するモデルに対する地域社会の受け止め方。

Valar Atomicsは、国立研究所やDOEと連携しながら段階的にリスクを減らす姿勢を示しています。ただし、技術・規制・社会受容性を同時にマネージする必要があり、挑戦的なプロジェクトであることは間違いありません。

7. 筆者の視点:日本の読者・事業開発者への示唆

7-1. 原子力を「燃料製造」に使う発想

日本のエネルギー/クライメートテック関連の読者にとって、Valar Atomicsが示す最大の示唆は、原子力を単なる発電ではなく「燃料製造の起点」として位置づける点です。

  • 高温ガス炉+水素製造(熱化学サイクル/高温水電解)
  • 水素+CO₂による合成燃料(航空・長距離輸送向け)
  • 原子力由来燃料を使った重工業・輸送の脱炭素

日本でも高温ガス炉を用いた水素製造の研究は進んでいますが、水素から合成燃料まで一気通貫で設計する例は多くありません。Valar Atomicsは、極端なケーススタディとして、技術・経済性・規制の議論に参考になる部分を提供していると言えます。

7-2. AIデータセンター電源としての原子力

生成AIの普及に伴い、AIデータセンターの電力需要は世界的に増加しています。米国では、データセンター向けに専用の大規模電源をどう確保するかが重要な論点になりつつあります。

Valar Atomicsは、ギガサイトからデータセンターに直接電力と熱を供給するモデルを構想しており、「データセンターの立地」と「電源の確保」をセットで考える動きの一例です。日本でも今後、データセンターの地方分散や再エネ制約が強まる中で、小型炉や他の低炭素電源との組み合わせを検討する場面が増えるかもしれません。

7-3. 今後ウォッチしたいポイント

日本の事業開発・投資の観点から、Valar Atomicsについて継続的に確認したいポイントは次の3点です。

  • ユタ州Ward 250が2026年前後までにどのレベルの出力試験・運転実績を示すか。
  • フィリピンWard Oneが、研究・教育・国際連携の面でどのような成果を上げるか。
  • ギガサイト構想が、資金調達・建設・運転・保守の各段階で実現可能な事業モデルとして評価されるか。

これらが一定程度進展すれば、Valar Atomicsは「ニッチな実証スタートアップ」から、原子力・合成燃料・AIインフラを横断する実プレーヤーへと評価が変わる可能性があります。日本としては、自国の制度や社会受容性を踏まえながら、海外の先行事例として冷静にフォローすることが重要だと言えます。

8. 参考情報・出典(英語・参照日:2025年11月18日)

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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