東急パワーサプライが家庭用蓄電池サービス「てるまるでんち」で1,000台導入を達成しました。東京都の補助金を活用し、電気料金の削減と停電対策、さらにDR収益までまとめて実現する新しい家庭向けバッテリーモデルです。
3行サマリー
- 東急パワーサプライは東京都の補助制度を活用し、太陽光なし戸建て1,000件に家庭用蓄電池を無償設置した。
- 利用者は生活スタイルを変えずに、ライフフィットプランと自動制御により平均4.8%の電気料金削減効果を得ている。
- 停電対策に加え、DR・VPPを通じて年間3,000円の協力金も受け取れる三つどりのモデルとして今後の標準事例になり得る。
「てるまるでんち」は0円で始められる家庭用蓄電池サービス
東急パワーサプライは、東京都内の太陽光未設置の戸建て世帯を対象に、家庭用蓄電池1,000台を無償配布する「てるまるでんちプロジェクト」を展開しています。東京都の「家庭における蓄電池導入促進事業」と「家庭用アグリゲーションビジネス実装事業」の補助金を組み合わせ、蓄電池の普及と需要家側のDR環境整備を同時に進める仕組みです。
本プロジェクトでは、オムロン製のマルチ蓄電プラットフォーム(蓄電容量12.7kWh)が採用されています。12.7kWhの蓄電容量は、冷蔵庫や照明、スマホ充電など最低限のライフラインを数時間〜十数時間支える規模であり、停電時の安心感を高めます。
蓄電池本体・設置工事・メンテナンス費用がすべて0円で、利用者は電気代以外の追加コストを負わずに参加できる点がこのサービスの大きな特徴です。通常であれば約270万円とされる家庭用蓄電池の導入費用を、補助金と東急パワーサプライ側の投資で肩代わりしています。貸与期間はおおむね10年で、期間満了後には蓄電池が利用者に無償譲渡される設計です。
参加条件として、同社の市場連動型料金プラン「ライフフィットプラン」への加入があります。このプランでは、日本卸電力取引所(Japan Electric Power Exchange: JEPX=電力の卸売市場)の30分ごとの価格に電気料金が連動します。東急パワーサプライがJEPX価格に合わせて蓄電池を自動制御し、安い時間帯に充電して高い時間帯に放電することで家庭の電気料金を抑える仕組みです。
1,000台で見えた「電気代4.8%削減」の中身
東急パワーサプライは、先行導入した世帯を対象に2025年9月分の電気料金を分析し、蓄電池未導入の場合と比較しました。その結果、電気料金が最大4.8%、金額ベースで最大646円下がったと公表しています。利用者は特別な操作をしておらず、従来どおりの暮らしを続けながら自動制御だけで削減効果を得ています。
一見すると「4.8%」という数字は小さく感じられるかもしれません。理由は、月1万3,000円前後の電気代であれば、数百円の差にしか見えないためです。しかし、本来は高額な蓄電池を0円で導入し、行動を変えずに毎月数%の削減が積み上がる構造は、家計にとっては「自動で続く定期割引」のような意味を持ちます。
キャンペーンサイトの試算では、60A契約の平均家庭を前提とした場合、「てるまるでんち」とライフフィットプランの組み合わせによって年間約33,452円の電気料金削減が見込まれるモデルケースも示されています。もちろん、実際の削減額は市場価格や使用パターンによって変動しますが、追加負担ゼロで数万円規模の節約ポテンシャルを持つ家庭用サービスであることは、今後のビジネスモデルを考えるうえで重要な指標になります。
停電対策+節電+DR収益という「三つどり」の価値設計
東急パワーサプライが実施したアンケートでは、てるまるでんちへの期待として「停電時にも電気を使えること」と答えた人が57.7%で最も多く、約6割の世帯が災害時の安心を重視していることが分かりました。一方で、「日々の電気代削減運用」への期待も40%超と高く、節約メリットへの関心も確実に存在します。
ここに、三つ目の価値としてDR収益が加わります。需要応答(Demand Response: DR=電気が足りない時間帯に需要家が使用量を調整する仕組み)と、バーチャルパワープラント(Virtual Power Plant: VPP=多数の蓄電池などをまとめて仮想的な発電所として制御する仕組み)を通じて、東急パワーサプライは家庭の蓄電池を系統の需給調整リソースとして活用します。
電力需給がひっ迫した場面などで一般送配電事業者から要請があった場合、東急パワーサプライは家庭に設置された蓄電池から送配電ネットワークへ放電することがあります。その際には、放電量にかかわらず参加家庭に年間3,000円(税込)の協力金が支払われる仕組みです。家庭から見れば「停電対策と節電に加え、DR協力の“お礼”として毎年3,000円がもらえるサービス」になっていると言えます。
つまり、てるまるでんちに参加する家庭は、
- 日常時:電気代が自動制御によって少し安くなる
- 災害時:冷蔵庫や照明など最低限の電力を確保できる
- 需給ひっ迫時:系統に協力することで年間3,000円の協力金を受け取る
という三重のメリットを同時に得ています。
なぜ「東京都×太陽光なし戸建て」なのか
てるまるでんちの対象は、「東京都内(離島除く)の戸建て」かつ「太陽光発電設備を設置していない世帯」に限定されています。この条件はいささか不思議に見えますが、制度設計とビジネスモデルの両面から見ると合理性があります。
東京都の補助事業は、家庭への蓄電池導入と同時に、アグリゲーションビジネスの実装、つまりDRやVPPを活用した新しい需要家モデルの確立を目的としています。すでに太陽光を設置している世帯は、「自家消費+売電」という別の最適化ロジックで動いており、制御パターンも複雑です。
そこで、あえて太陽光なしの戸建てに対象を絞ることで、蓄電池と市場連動料金プランだけでどこまで節電とDRが実現できるかを明確に検証できるようにしています。また、東急パワーサプライから見ると、
- 料金プラン(ライフフィットプラン)
- 蓄電池(オムロン製12.7kWh)
- 遠隔制御システム(DR/VPPプラットフォーム)
の三点セットを、条件がそろった顧客群で検証する方が、将来の拡大に向けたデータが取りやすいと言えます。まずは「東京都の戸建て×太陽光なし」という分かりやすいクラスターで実績を積み、その後にマンションや他地域へ展開する道を残している構図です。
首都圏のマンション・戸建てにとってのモデルケース
てるまるでんちは現時点で東京都内の戸建てが対象ですが、首都圏には東急不動産グループが手掛けるマンションや分譲住宅が多数あります。今後、同様の仕組みがマンションの共用部や専有部に展開されれば、首都圏の住宅における「標準的なバッテリーサービス像」が見え始める可能性があります。
マンション向けの展開を想定すると、
- 管理組合向け:共用部の非常用電源+系統サービス収益
- 各戸向け:専有部の停電対策+電気料金削減
- 事業者向け:数百〜数千台の蓄電池を束ねたVPPリソース
という三層構造の価値設計が考えられます。東急グループは鉄道・商業施設・オフィス・住宅をまたいで再エネや蓄電池の活用を進めており、グループ全体の需要と供給を束ねるVPP基盤を将来的な強みとして育てていく可能性があります。首都圏の広域で見れば、住宅の蓄電池が新しい「分散電源インフラ」になっていくイメージです。
事業開発への示唆:「バッテリーサービス」の価値をどう再設計するか
今回のてるまるでんちは、「蓄電池を売る」のではなく、蓄電池+市場連動料金プラン+DR/VPP制御を一体で提供するサービスとして組み立てた点に大きな意味があります。事業開発の視点から、いくつかのポイントを整理できます。
第一に、「価値のパッケージ化」です。「節電(電気料金削減)」「非常用電源」「DR収益(年間3,000円)」をセットで訴求することで、単なる高価な非常用バッテリーから、日常ともしもに効くインフラサービスへとポジショニングを変えています。
第二に、「顧客負担ゼロでも成立する収益モデル」です。蓄電池の減価償却やシステム投資は、小売電気事業者と補助金で賄い、収益は電気料金プランからのマージンや需給調整市場・容量市場など系統側の収入に依拠する構成になっています。家庭は機器代を負担せず、事業者は系統サービス収入とデータ・制御ノウハウを手に入れる関係です。
第三に、「データと制御ロジックが見えない資産になる」ことです。1,000台規模の家庭用蓄電池を市場連動で制御したログは、そのまま次世代DR・VPPサービスの設計材料になります。どの時間帯・どのエリアで、どれだけ柔軟な負荷シフトが可能かを把握できれば、他エリアや他事業者との協業にもつながります。
多くの家庭向け蓄電池サービスは、現在も「高額機器の分割販売」に近い印象が残っています。てるまるでんちのように、機器0円・DR収益の分配・行動変容不要の節約を前提に設計し直すことで、より多くの家庭が参加しやすいサブスク型バッテリーサービスに再構成できる余地があります。
他社が類似のサービスを検討する際には、
- 補助金に依存しない事業モデルへどう移行するか
- 太陽光付き住宅やマンションをどのように取り込むか
- ユーザー体験としてどこまで「おまかせ」で完結させるか
といった論点が要所になります。家庭の蓄電池が「節約+安心+系統サービス」の三つどりを提供する時代に向けて、てるまるでんちの1,000台プロジェクトは、今後のVPP・DR市場を考えるうえで注目しておきたいモデルケースだと言えるでしょう。
筆者の視点
私は、今後もっとも重要になる論点は、東京都の補助金が終了した後にも同様のモデルが民間ベースで成立するかどうかだと考えます。理由は、補助金は期間や規模に限りがあり、全国展開や長期的な普及には、事業者が自力で回収できる収支構造が必須になるためです。
補助金なしでのサブスク型モデルを考えると、事業者は少なくとも、①蓄電池本体・設置工事の償却費、②通信・保守などの運用費、③資金調達コストの3つを、電気料金プランのマージンやDR・VPP収益、そして利用者からの月額料金で回収する必要があります。蓄電池の機器・工事費が依然として数百万円規模であれば、補助金なしに月額数千円以下のサブスク料金を実現するハードルはかなり高いと言わざるを得ません。
一方で、電池価格の下落と市場制度の整備が進めば、シナリオは変わります。LFP電池などのコスト低減が続き、容量市場や需給調整市場からの収益が読みやすくなれば、事業者は「電気料金マージン+市場収入」をベースに、利用者の月額負担を抑えたプランを設計しやすくなります。ここで鍵になるのは、1台ごとの採算ではなく、数百〜数千台単位でのポートフォリオとして収支を設計できるアグリゲーターのスケールです。
同時に、制度リスクも無視できません。DRやVPPの収益は、市場設計や制度改正の影響を強く受けます。ルール変更で市場単価が下がれば、サブスク料金を上げるか、事業者側が負担を飲み込むかの選択を迫られます。利用者の納得感を確保するには、「最低限この金額までは利用者のメリットを確保する」という下限を料金設計に組み込むなど、リスクを見える化したプラン設計が重要になりそうです。
事業開発の視点では、今回のてるまるでんちは「補助金込みで実現したフルセットモデル」を一度社会に提示し、実データを集めるフェーズと捉えられます。ここで、実際の削減額、DR参加率、故障率などのデータが蓄積されれば、その後に補助金依存度を徐々に下げたサブスク型プランを設計するための基礎情報になります。私は、こうした実証を踏まえて、月額1,000〜3,000円程度の負担で成立するモデルをどこまで描けるかが、次の数年の論点になると思います。理由は、その水準であれば「停電対策+節電+系統貢献」を総合的に評価して検討する家庭が一気に増える可能性が高いからです。

