COP30@ベレン徹底解説|化石燃料の文言が消えた最終文書と残された3つの宿題

2025年11月10〜22日にブラジル・ベレンで開催された国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)は、パリ協定10周年の節目に、「Global Mutirão(地球規模の総出作業)」決定とベレン・ポリティカル・パッケージを採択しました。一方で、化石燃料や森林伐採の具体的なロードマップ、Mutirão決定で示された削減・資金ターゲットを各国の行動計画に落とし込む作業は先送りとなり、「実装への入口」と3つの宿題が並び立つ結果になりました。

目次

3行サマリー

  • COP30は「Mutirão決定」で1.5℃目標を再確認し、2030年43%・2035年60%削減(2019年比)と2050年ネットゼロの科学的水準を明文化、「交渉から実装」への転換を掲げました。
  • ベレン・ポリティカル・パッケージでは2035年までに適応資金を少なくとも3倍、年1.3兆ドルの新たな気候資金目標、適応の59指標、ベレン・アクション・メカニズム(BAM)創設など制度面で前進がありました。
  • 一方で、最終文書からは化石燃料や森林伐採ロードマップの明記が外れ、①化石燃料の段階的廃止②2030年森林破壊ゼロ、そして③Mutirão決定の削減・資金ターゲットを各国のNDCと資金計画に落とし込むことという「3つの宿題」は、次回COP31(トルコ・アンタルヤ)以降に持ち越されました。

1.COP30総括:アマゾン初開催の「COP of Truth」

COP30は、アマゾン流域の都市ベレンで初めて開かれた「森のCOP」として、象徴性の高い会合でした。UNFCCCの公式文書によると、194か国が参加し、会期は11月10〜22日に延長されて決着しました。

Mutirão決定は、COP30を「COP of Truth(真実のCOP)」と位置づけ、1.5℃目標を守るためには「2019年比で2030年までに43%、2035年までに60%の排出削減と2050年のCO₂ネットゼロ」が必要と明記しました。ただし、新たなNDC(国別気候行動計画)を提出したのは122か国にとどまり、多くの大排出国が十分な上積みを示していない現状も指摘されています。

要点: COP30は多国間協調の枠組みを維持しつつ、科学に沿った削減水準を再確認したものの、各国の実際の目標とのギャップは依然として大きい会合でした。

2.ベレン・ポリティカル・パッケージと「Global Mutirão」決定

COP30の成果は、複数の決定を束ねた「ベレン・ポリティカル・パッケージ(Belém Political Package)」として整理されました。中心となるのが、パリ協定の実施フェーズへの移行を宣言した「Global Mutirão(グローバル・ムチロン)決定」です。

Mutirão決定は、1992年以降30年以上続いた「交渉中心のフェーズ」を終え、今後は実際の経済・社会の変革(implementation)に焦点を当てると宣言しました。併せて、国別のNDCや長期戦略(LTS)、適応計画、透明性報告(BTR)が一巡し、「パリ協定の政策サイクルが本格稼働した」と位置づけています。

Mutirão決定では、「Belém Mission to 1.5」や「Global Implementation Accelerator」といった新しい協力枠組みも立ち上がりました。これらは、次の全球ストックテイク(2回目)までに各国の実施計画を強化する役割を担います。

要点: ベレン・ポリティカル・パッケージは、交渉中心から実装中心への転換を制度面で支える「骨組み」を用意した一方、各国の実際の行動をどこまで加速できるかは今後の課題として残りました。

3.適応と資金:2035年までに適応資金3倍、年1.3兆ドルを目指す

COP30の大きな成果の一つが、適応資金の「2035年までに少なくとも3倍」という政治合意です。グリーン気候基金(GCF)やEU気候総局の解説によると、COP29(バクー)で合意された新たな気候資金目標(新集団的定量目標:New Collective Quantified Goal, NCQG)を基礎に、2035年までに最低3,000億ドル/年の公的資金、総額1.3兆ドル/年の気候資金を動員する方針が確認されました。

同時に、パリ協定の「適応の世界目標(Global Goal on Adaptation: GGA)」を具体化するため、59のグローバル指標リストが採択されました。水資源、農業、都市インフラ、健康など分野別に、各国が共通の物差しでレジリエンスを測る基盤が整った形です。

一方で、Carbon BriefやIISDの分析では、「3倍」という数字は既存のコミットメントをベースにしており、実際の追加性や拠出スケジュールが曖昧な点が指摘されています。

要点: 適応資金の3倍増と59指標の採択は、適応を「測りづらいテーマ」から「定量的に議論できるテーマ」に引き上げた一方、実際に資金が動くかどうかは今後10年の政治・金融の動きに左右されます。

4.公正な移行:ベレン・アクション・メカニズム(BAM)の創設

労働団体や市民社会が「歴史的な前進」と評価しているのが、ベレン・アクション・メカニズム(Belém Action Mechanism: BAM)の創設です。BAMは「公正な移行(Just Transition)」を扱う新たな制度枠組みとして、COP30で正式に設置が決まりました。

国際労働組合総連合(ITUC)などの解説によと、BAMは以下の機能を持つとされています。

  • 各国の公正な移行計画をモニタリングし、労働者・地域コミュニティ・先住民の権利への配慮状況を評価する。
  • 国際労働機関(ILO)などと連携し、職業転換や社会保障を含む政策パッケージのガイドラインを整備する。
  • CBAM(カーボン国境調整メカニズム)など貿易措置が、公正な移行を妨げないよう議論する場を提供する。

交渉過程では、G77+中国や多くの途上国が強く支持する一方、EU・日本・英国など一部先進国は、財政負担や貿易措置との関係を懸念し慎重姿勢を示したと報じられています。それでも最終的にメカニズムが成立したことで、「公正な移行」がパリ協定の中核テーマの一つとして制度化された形です。

要点: BAMにより、「公正な移行」はスローガンから具体的な検証・支援の枠組みに進化しました。日本企業も、気候戦略と人権・労働・地域経済への影響を一体で開示するプレッシャーが高まると考えられます。

5.森林・自然・先住民:TFFFと土地権ファイナンスの前進と限界

アマゾンで開かれたCOPということもあり、森林・自然・先住民のテーマは会議全体を通じて強く打ち出されました。ロイターやCarbon Briefによると、熱帯林向けの新ファシリティ「Tropical Forests Forever Facility(TFFF)」には、立ち上げ時点で約70億ドルの拠出コミットメントが集まりました。最終目標は、公的資金250億ドルと民間資金1,000億ドルを動員し、そのうち20%を先住民・地域コミュニティに直接配分する構想です。

併せて、先住民・地域コミュニティの土地権を2030年までに1億6,000万ヘクタール分公式に認める目標と、それを支える18億ドル規模の土地権基金、さらにコンゴ盆地の森林保全向けに25億ドルの資金コミットメントが発表されました。

しかし、COP26グラスゴーで掲げられた「2030年までに森林減少を停止・反転させる」目標を具体化する森林伐採ロードマップ案は、90か国以上の支持を得ながらも、サウジアラビア、ロシア、インドなどの反対で最終合意文から落ちました。

要点: 森林分野では資金と土地権ファイナンスで前進があった一方、森林破壊ゼロの道筋を示す具体的なロードマップは先送りされ、アマゾン発のCOPとしては物足りない結果になりました。

6.化石燃料と1.5℃目標:肝心のロードマップは再び持ち越し

最も注目された争点が、石炭・石油・ガスからの移行をどこまで明文化するかでした。EUやコロンビア、気候脆弱国連合など80か国超が「化石燃料の段階的廃止(phase-out)」の明記を求めましたが、産油国や一部新興国の反対により、Mutirão決定の最終テキストから「化石燃料」「phase-out」の文言自体が削除されました。

UN事務総長アントニオ・グテーレス氏は、COP30後の講演で「化石燃料への言及が欠落したことは失望だが、多国間主義はまだ機能している」と述べ、協定の野心不足とプロセスの継続性を同時に指摘しています。

Mutirão決定自体は、1.5℃目標に整合する排出削減軌道を再確認し、「低排出かつ気候レジリエントな開発への世界的な移行は不可逆で未来のトレンド」と明記しました。しかし、化石燃料からの具体的な退出計画を示せなかったことで、市民社会や脆弱国からは「科学に見合わない」「政治的敗北」との批判も強く出ています。

要点: COP30は、1.5℃に必要な削減水準を再確認したにもかかわらず、その中核である化石燃料削減のロードマップを描けず、「科学と政治のギャップ」が改めて浮き彫りになりました。

7.貿易・カーボンプライシング・行動アジェンダ:交渉の外側で進む実装

COP30では、公式交渉に加えて「グローバル・クライメート・アクション・アジェンダ(Global Climate Action Agenda)」と各種イニシアチブが存在感を増しました。UNFCCCのアウトカムレポートによれば、エネルギー・産業・都市・食料・金融などにまたがる480件以上の自主イニシアチブが集約されています。

さらに、EUの炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism: CBAM)など、貿易と気候政策の関係が初めて公式議題として取り上げられました。また、パリ協定6条の下で各国の排出量取引制度をつなぐ「コンプライアンス・カーボン市場オープン・コアリション」の構想も発表され、将来のカーボン市場統合に向けた議論が始まっています。

要点: 公式テキストが化石燃料や野心の面で弱くなった一方で、貿易・カーボンプライシング・自主イニシアチブといった「交渉の外側」の動きが、気候行動を押し進める第二のエンジンとして重要性を増しています。

8.日本とビジネスへの含意:適応・公正な移行・森林・貿易を一体で見る

COP30の結果は、日本の政策・企業戦略にもいくつかの含意を与えています。

  • 適応ビジネスと開発協力の拡大
    適応資金3倍と59指標の採択により、防災インフラ、上下水道、農業、保険・リスク管理など、適応関連の市場が拡大する見通しです。一方で、日本政府には公的資金の拠出とJICA・JBIC等を通じた適応案件支援の強化が求められ、官民連携ポートフォリオ設計が重要になります。
  • 公正な移行と人権・労働ガバナンス
    BAMの創設により、エネルギー転換や産業構造転換に伴う雇用・地域経済・サプライチェーン人権への影響を、気候戦略と一体で開示することが国際的に期待されます。トランジション・プランと人権デューディリジェンスをどう連携させるかが、日本企業にとって新たな論点です。
  • 森林リスクとサプライチェーン・金融
    TFFFやコンゴ盆地向け基金の立ち上がりにより、大豆・牛肉・木材・パーム油など森林リスクの高いサプライチェーンへの投融資は、より厳しい目で見られます。日本の食品・小売・商社・金融機関も、森林リスクの開示とエンゲージメントを強化しない限り、国際的な評価・調達から取り残されるリスクがあります。
  • 貿易・カーボンプライシングと産業競争力
    CBAMなど貿易と気候の議論がCOPの場に本格的に乗ってきたことで、日本企業は「自国の炭素価格・規制水準」と「輸出先の炭素規制」の関係を踏まえた中長期戦略の再設計が避けられません。国内のカーボンプライシング設計も、今後の国際交渉に影響し得ます。

要点: 日本の政府・企業・金融機関には、排出削減だけでなく「適応×公正な移行×自然(森林)×貿易・金融」を含む総合的なネットゼロ戦略を早期に描き直すことが求められています。

9.COP31アンタルヤに向けて:次の争点は何か

COP31は2026年にトルコ・アンタルヤで開催される予定で、COP30から持ち越された3つの宿題──①Mutirão決定の水準に沿った次世代NDCと資金計画、②化石燃料からの公正な移行のロードマップ、③2030年森林破壊ゼロに向けた具体的ステップ──をどう前に進めるかが中心的なテーマになると見込まれます。

  • 主要排出国が、Mutirão決定の水準に沿った「次世代NDC(NDC3.0)」を出し切れるかどうか。
  • 適応資金3倍や年1.3兆ドル目標を、実際の拠出額・分担・モニタリングにどう落とし込むか。
  • COP30で決着しなかった「化石燃料からの公正な移行」「2030年森林破壊ゼロ」のロードマップを、どのフォーラムで、どの程度の拘束力でまとめるか。
  • BAMやGGA指標、Global Implementation Acceleratorなど新メカニズムを、各国レベルでどこまで具体化できるか。

要点: COP30は「決定的なブレークスルー」ではなく、「実装フェーズの入口」を開いた会合だと整理できます。日本としては、COP31までの1年を、国内外のネットゼロ戦略をアップデートするための準備期間と位置づけることが重要です。

10.参考リンク集(一次情報・公式解説)

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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