東京ガスがカナダで合成メタン生産へ 米国e-メタン計画撤退と都市ガス1%義務

東京ガスが、米国メキシコ湾岸で進めていたe-メタン(合成メタン)事業から撤退し、カナダ・マニトバ州での新たな合成メタン生産に軸足を移します。2030年度までに年間約3万tのe-メタンを生産し、日本の都市ガス1%義務達成に活用する構図が見えてきました。

目次

3行サマリー

  • 東京ガスはカナダ・マニトバ州ブランドンで年間約3万tのe-メタン事業をTeralta社と共同開発し、2030年度までの生産開始を目指す。
  • 米ルイジアナ州キャメロンLNG近傍で検討していた大型e-メタン計画「ReaCH4」は、インフレによるコスト悪化で解散方針となった。
  • 政府が定める「2030年度に都市ガス供給量の1%を合成メタン・バイオガスに」の供給義務に対し、カナダ案件が東京ガス・東邦ガスの主力ソースとなる見通し。

1.カナダ・マニトバで年間3万t Teraltaと組む新プロジェクト

東京ガスは2025年12月2日、カナダ・マニトバ州ブランドンで年間約3万tのe-メタンを製造し、日本向けに輸出する事業の共同推進でTeralta Hydrogen Solutions Inc.と合意しました。生産したe-メタンは液化(LNG同等)して日本に輸送し、東京ガスおよび東邦ガスの導管ネットワークに注入する構想です。

要点: カナダ・ブランドン案件は、2030年度までに稼働する「海外基幹e-メタンソース」として、東京ガスと東邦ガスの1%義務達成を支える位置づけになっている。

公表資料によると、プロジェクトの主な条件は以下の通りです。

  • 所在地:カナダ・マニトバ州ブランドン(工業地帯)
  • 想定生産量:e-メタン約30,000t/年
  • スケジュール:2026〜2027年度に最終投資決定(FID)、2030年度内の運転開始(COD)を想定
  • 原料:水力発電を背景にした化学工場の副生水素と工業由来CO₂
  • 用途:全量を液化して日本へ輸出し、東京ガス・東邦ガスの都市ガス原料として導管注入

根拠:東京ガスとTeralta社の共同プレスリリースおよび経産省「メタネーション推進官民協議会」資料では、ブランドン案件の年間生産量3万t規模やFID・CODの目標時期、日本への供給スキームが明記されています。

また、経産省に提出された東京ガス資料では、ブランドン案件について「原材料調達や土地の確保の観点で優れており、日本へのe-メタン導入の蓋然性が高い」と評価されており、一部を東邦ガスに卸供給する方向で協議中であることも示されています。

2.米ReaCH4(キャメロン)計画とは何だったのか

今回のカナダシフトは、米国メキシコ湾岸で構想されていた大型e-メタン計画「ReaCH4」が解散方向になったことと表裏の関係にあります。

要点: ReaCH4は日本勢主導の「e-メタン海外製造+輸入モデル」の筆頭案件だったが、インフレで経済性が崩れ、2030年稼働を目指すシナリオは白紙化した。

2-1.ReaCH4の構想:キャメロンLNG近傍で13万t級

2023年8月、東京ガス・大阪ガス・東邦ガス・三菱商事・米Sempra Infrastructureの5社は、米ルイジアナ州キャメロンLNG近傍で再エネ由来水素と回収CO₂からe-メタンを製造し、液化・輸送するサプライチェーンの共同検討(ReaCH4プロジェクト)に合意していました。年間約13万tのe-メタン生産を視野に入れ、日本の都市ガス需要の約1%に相当する量を賄う構想でした。

根拠:5社連名の基本合意書(2023年8月29日)では、キャメロンLNG周辺でのe-メタン製造とLNGターミナルを活用した液化・国際輸送の検討が明記され、日本向け供給を想定したことが示されています。また、日本ガス協会・経産省の資料でも「1%目標に向けた代表的案件」として紹介されてきました。

2-2.インフレと建設コスト高で解散へ

しかし2025年11月、資源エネルギー庁の審議会において、東京ガスの経営陣はReaCH4プロジェクトの解散方針を説明しました。背景には、米国でのインフレ進行と建設コストの大幅な上昇により、当初想定していた採算性が維持できなくなったことがあります。

電力・ガス事業分科会関連の会合レポートでは、「インフレによる建設コスト上昇等を踏まえ、2025年度内のFIDを断念し、プロジェクトを解散する」との趣旨が記録されています。

この結果、日本の都市ガス大手3社が共同で取り組む海外e-メタン案件は、米国メキシコ湾岸からカナダなど別地域へと重心を移すことになりました。

3.米国の政策リスク:IRAと45V見直しの不確実性

ReaCH4解散の直接要因はインフレですが、米国の政策環境も、長期のe-メタン投資を難しくする要素になっています。

要点: トランプ政権によるインフレ抑制法(IRA)やクリーン水素税額控除「45V」の見直し論は、米国起点のグリーン水素・e-fuel投資の不確実性を高めている。

2025年1月の大統領令「Unleashing American Energy」では、インフラ投資・雇用法(IIJA)やIRAによるクリーンエネルギー関連支出の執行停止・見直しが各省庁に指示されました。続いて、2025年中盤にかけて審議された税制・歳出法案では、クリーン水素生産に対する「45V」税額控除(最大3ドル/kg)の適用期限を短縮する案が示され、多数の水素・e-fuelプロジェクトが期限内着工を巡って不透明な状況に置かれています。

根拠:ホワイトハウス公表文書および主要通信社の報道は、45Vの適用条件や適用期限の見直しが投資判断に影響しうると指摘しており、事業者側からも「他地域への投資シフト懸念」が示されています。

合成メタンのコスト構造では、グリーン水素のコスト・供給安定性が支配的です。水素価格を下支えする政策インセンティブが揺らぐと、メタネーション設備の採算性も同時に揺らぐことになり、長期のオフテイク契約を結ぶ日本側としては慎重にならざるを得ません。

4.カナダを選ぶ構造的な強み:水力・副生水素・土地条件

東京ガスが新たな最有力候補としてカナダ・マニトバ州ブランドンを位置づけるのは、「原料」「電源」「土地」の3点で優位性があるためです。

要点: マニトバ州は水力ベースの電源構成と副生水素・CO₂源を抱え、e-メタン製造に必要なインプットが既に揃っている点が、実現性の高さにつながっている。

4-1.水力バックの副生グリーン水素

ブランドン案件では、水力発電を背景に稼働する化学工場から出る副生水素を原料とする計画です。Teralta社は、カナダ国内で複数のe-NG(合成メタン)や水素プロジェクトを開発しており、既存産業からのCO₂と副生水素を組み合わせるビジネスモデルを掲げています。

Teralta社および東京ガスの公表資料では、水力由来電力と工業プロセスからの副生水素・CO₂を起点としたe-メタン事業である点が繰り返し説明されています。

4-2.土地の確保とプロジェクト蓋然性

経産省に提出された東京ガス資料は、ブランドン案件について「原材料調達や土地の確保に優れ、日本へのe-メタン導入の蓋然性が高い」と評価しています。大規模再エネ開発が過熱している米テキサス湾岸や欧州の一部地域と比べ、マニトバ州は工業用途向けの土地・インフラに比較的余裕がある点も指摘されています。

メタネーション推進官民協議会の配布資料には、候補案件ごとの「原料アクセス」「土地・規制」「送電・輸送インフラ」といった比較表が含まれており、その中でカナダ案件は総合評価が高いグループに分類されています。

5.都市ガス1%義務と東京ガス・東邦ガスのポジション

カナダと米国の案件の行方は、日本の都市ガス1%義務とも密接に結びついています。

要点: 国の1%義務と業界・東京ガスの導入目標が重なり、その達成手段として「海外e-メタン+国内バイオメタン」のポートフォリオが組まれつつある。

5-1.政府・業界の1%目標と法的枠組み

第6次エネルギー基本計画および関連制度では、「2030年度に都市ガス供給量の1%を合成メタンまたはバイオガスとし、ガス全体の5%をカーボンニュートラル化する」という方針が示されています。これを受けて、エネルギー供給構造高度化法(高度化法)の判断基準案では、大手都市ガス事業者(東京ガス・大阪ガス・東邦ガスなど)に対し、2030年度に自社供給量の1%相当の合成メタン・バイオガス導管注入を求める案が整理されています。

経産省の「都市ガスのカーボンニュートラル化」関連資料および日本ガス協会の「ガスビジョン2050/アクションプラン2030」が、1%+5%の数値目標と事業者ごとの役割分担を明記しています。

5-2.東京ガスの会社目標とカナダ案件の位置づけ

東京ガスは自社戦略として、e-メタンとバイオメタンを合わせて「2030年度にガス小売供給量の1%、2040年までにその10倍超」を導入する目標を掲げています。カナダ・ブランドンでの年間3万tのe-メタンは、この2030年1%シナリオの中核を構成するボリュームです。

加えて、ブランドン案件からの一部供給を東邦ガスへ卸す構想が示されており、中部エリアの都市ガス1%義務達成にも寄与する設計になっています。米ReaCH4の解散によって空いた「大型海外e-メタン案件のポジション」を、カナダ案件が埋める形になります。

東京ガスのカーボンニュートラル戦略資料およびメタネーション官民協議会資料で、2030年・2040年の導入目標とブランドン案件の役割が示されています。

6.今後の注目ポイント:e-メタン調達戦略はどう変わるか

最後に、東京ガスのカナダシフトと米国撤退から読み取れる論点を整理します。

  • FIDまでのコストと金融環境
    インフレと建設コスト上昇はReaCH4を解散に追い込みました。カナダ案件でも、2026〜2027年度のFID時点でEPCコスト・金利・為替がどうなっているかが、採算性のカギになります。
  • e-メタンのCO₂カウントルールと証書スキーム
    e-メタンを「利用国で実質ゼロ」と認定するため、IPCCやGHGプロトコルとの整合や、クリーンガス証書のような環境価値移転スキームづくりが進んでいます。制度の具体化により、長期オフテイク契約の設計もしやすくなります。
  • サプライチェーン多様化:米国一極からのシフト
    IRAや45V見直しの不確実性を踏まえ、カナダ・欧州・中東・豪州など複数地域に調達先を分散する動きが強まりつつあります。カナダ案件は、その一歩と位置づけられます。
  • 国内バイオメタンとの組み合わせ
    下水汚泥や家畜排せつ物などを活用したバイオメタン導入も進んでおり、「海外e-メタン+国内バイオメタン」の組み合わせで1%義務を達成するシナリオが現実味を帯びています。

東京ガスのカナダでの合成メタン生産と米国計画撤退は、「インフレと政策リスクに揺れる米国」から「水力・副生水素を活かせるカナダ」へと重心を移す動きの象徴といえます。今後は、カナダ案件のFID・CODの進捗とあわせて、国内外のバイオメタン案件や他地域のe-メタン計画との組み合わせが、都市ガスの脱炭素戦略を左右していきます。

参考リンク集

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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