王子ホールディングスがブラジルの高密度バイオカーボン企業Bionow S.A.に出資し、ユーカリ由来バイオマスで鉄鋼プロセスの脱炭素を狙う一手を打ちました。森林経営と高密度バイオカーボン工場(2027年末稼働予定)をつなぐこの動きは、紙パ産業にとって新たな成長軸になり得ます。
3行サマリー
- 王子ホールディングスはブラジル子会社セニブラ社を通じてBionowに出資し、高密度バイオカーボン事業へ参入した。
- BionowはFSC認証ユーカリから高密度バイオカーボンを製造し、鉄鋼プロセスの石炭代替熱源・還元剤としての活用を目指す。
- 森林吸収とバイオカーボンによる排出削減を組み合わせることで、紙パ産業発の自然由来CDRポートフォリオ構築のヒントになる。
王子HD出資の概要と、紙パ産業にとっての意味
王子ホールディングスは2025年11月13日、ブラジルの子会社Celulose Nipo-Brasileira S.A.(セニブラ社)を通じて、Bionow S.A.への出資契約を締結したと公表しました。
王子ホールディングスは、この出資によってBionow社の第三者割当増資を引き受け、自社グループとVale社の出資比率をそれぞれ49.9%と50.1%とする構成にしました。事業の主戦場はブラジル・ミナスジェライス州で、2027年末稼働を目標に第1工場を建設する計画です。
王子ホールディングスは長期ビジョンの中で、木質バイオマスビジネスを将来の中核事業と位置づけています。そこに、鉄鋼大手Valeが100%子会社として立ち上げたBionowに共同出資し、「森林資源→バイオカーボン→鉄鋼向け燃料」という資源から最終需要までをまたぐバリューチェーンを取りに行った形です。
Bionowの高密度バイオカーボンは「CCUSのどこ」を担うのか
Bionow社は、ユーカリを主原料とした高密度バイオカーボンを製造・販売する企業です。ここでいうバイオカーボンは、木質資源を原料に熱分解(炭化)と高圧加工でつくる固形燃料・還元剤であり、一般的な木炭よりも高密度・高エネルギー密度で、鉄鋼プロセスの厳しい条件に耐えられるよう設計された素材です。
まず前提として、二酸化炭素回収・利用・貯留(Carbon Capture, Utilization and Storage: CCUS)は「排出CO₂を回収・再利用・貯留する仕組み」を指します。バイオマスを燃料に用いる場合、大気から吸収したCO₂を起点にエネルギー利用し、残存炭素を長期貯留すれば、バイオエネルギーCCS(Bioenergy with CCS: BECCS)や二酸化炭素除去(Carbon Dioxide Removal: CDR)の一形態になり得ます。
Bionowのモデルは、現時点で「バイオカーボンを鉄鋼プロセスの燃料・還元剤として使い、化石燃料を置き換える」ことが主眼です。これは狭義の「CO₂分離・貯留」ではなく、森林バイオマスの成長で吸収したCO₂を、化石燃料由来排出と置き換えることで、ライフサイクル排出量を下げるタイプのCCU(利用)寄りのソリューションと位置づけられます。
一方で、高温で炭化した高密度バイオカーボンを土壌改良材などに回すと、バイオ炭(Biochar)として百年単位の炭素貯留ポテンシャルを持つことが、ユーカリ由来バイオ炭の研究などで示されています。このため、将来的に「燃料用途」と「土壌貯留用途」をどう組み合わせるかが、Bionowのような事業の議論ポイントになるでしょう。
森林経営×鉄鋼脱炭素:日本企業・ブラジル企業の役割分担
王子ホールディングスは世界約63万haの社有林を保有し、木材・パルプを中核とするビジネスを展開してきました。その中核海外拠点の一つがブラジルのセニブラ社であり、今回のBionow出資もこのセニブラ社を通じて行われます。
一方、共同パートナーであるValeは、鉄鉱石・ニッケルの世界最大級の生産企業であり、自社のペレット工場でバイオカーボンの試験導入を進めてきました。Valeは、ペレット製造において従来の無煙炭をバイオカーボンで置き換える試験を実施し、商業品質ペレットを生産できたと報告しています。
ここでBionowは、鉄鋼業向けプレミアムグレードの高密度バイオカーボンを供給する専門会社として位置づけられます。ブラジルの報道では、BionowはValeが2022年に立ち上げたスタートアップであり、セニブラとの合弁によってFSC認証ユーカリから高密度バイオカーボンを生産する計画が紹介されています。
この構図を整理すると、王子グループは「森林からバイオマスを安定供給する役割」、Bionowは「そのバイオマスを高密度バイオカーボンに変換する役割」、Valeは「鉄鋼プロセスでの実装とグローバル展開を担う役割」として補完関係にあります。
日本から見ると、この連携は「森林吸収→バイオカーボン→鉄鋼排出削減」という一連のストーリーを、実際の投資・工場建設まで踏み込んで描いている点に特徴があります。紙パルプ企業が自社の強みである森林・バイオマスを活かし、重工業側の脱炭素ニーズに応える「セクターカップリング型の脱炭素ビジネス」として注目に値します。
自然由来CDRポートフォリオという観点で見た位置づけ
自然由来の二酸化炭素除去(Carbon Dioxide Removal: CDR)は、森林経営、農地土壌、バイオ炭、海藻・藻類など、複数の手段を組み合わせるポートフォリオとして議論されることが増えています。
Bionowのケースは、その中でも「森林由来バイオマスを起点としたCDR/排出削減」の一例です。FSC認証林のユーカリ原木を用いて高密度バイオカーボンを製造し、それを鉄鋼プロセスで石炭代替として使用すれば、同じ鉄鋼製品をつくる場合でもライフサイクル排出量を下げられる可能性があります。
研究レベルでは、ユーカリ由来のバイオ炭が1tあたり1.5〜1.7tCO₂e程度の長期貯留ポテンシャルを持つという報告もあり、高温炭化した炭素は土壌中で100年以上安定に存在し得るとされています。もちろんBionowの製品仕様・用途は公表情報の範囲内では鉄鋼向け燃料・還元剤が中心ですが、将来的には一部を土壌貯留用途に振り向けるオプションも議論余地として考えられます。
さらに視野を広げると、藻類を用いたCCUS(Algae-based CCUS)は、高い光合成効率と速い成長速度を武器に、排ガスや大気からのCO₂吸収とバイオ燃料・バイオ素材生産を両立しようとする技術として研究が進んでいます。Bionowが木質バイオマス起点のソリューションである一方で、藻類CCUSは水域・工場用地など別の立地ポテンシャルを持つため、森林CDRと藻類CDRを組み合わせた「自然由来CDRポートフォリオ」構築という発想につなげやすい題材と言えます。
日本の紙パルプ・林業・鉄鋼にとっての示唆
日本の紙パルプ産業・林業・鉄鋼業にとって、この投資案件はいくつかの示唆を与えます。
まず、王子ホールディングスは自社の強みである森林資源と海外パルプ事業を起点に、鉄鋼という別セクターの脱炭素課題へ踏み出しました。これは、「自社バリューチェーン内の削減」だけでなく、「他社セクターの排出削減に資するビジネス」を取りに行く動きの一例です。日本国内でも、森林組合・製紙会社・エネルギー会社・鉄鋼メーカーが連携し、木質バイオマスやバイオ炭を使ったCDRクレジットや排出削減サービスを設計する余地があります。
次に、Bionowのように「鉄鋼プロセス向けに最適化された高密度バイオカーボン」は、日本のJ-クレジットやGX-ETSの文脈でも将来的に議論対象になり得ます。たとえば、ブラジルで生産された高密度バイオカーボンを鉄鋼プロセスで利用し、一定のMRV(計測・報告・検証)基準を満たせば、「国際クレジット+GHG削減」の組み合わせとして扱える可能性が出てきます。
さらに、「森林管理+素材産業+重工業」の組み合わせは、日本国内の林業再生という観点でも重要です。現状、多くの森林は丸太価格の低迷で採算がとりにくい状況にありますが、高付加価値のバイオカーボンやバイオ炭向け需要が生まれれば、伐採・再造林・長伐期林の整備などに新たな経済的インセンティブが生じます。
筆者の視点
この案件は、王子ホールディングスが自社の森林資源と海外パルプ事業を活かして、鉄鋼という別セクターの脱炭素ニーズに踏み込んだ点が大きな意味を持ちます。「森林→バイオマス→高密度バイオカーボン→鉄鋼プロセス」という一気通貫のサプライチェーンを事業として組んだ日本企業の例はまだ多くありません。
私は、この動きが日本発の自然由来CDRビジネスの具体像を描くうえで重要な実証になると考えます。理由は、CDRと産業プロセスを切り離さず、鉄鋼・紙パルプ・林業を束ねた「セクターカップリング型」のモデルを現実の投資案件として示しているからです。
一方で、「慎重に見たい論点」もいくつかあります。まず、ユーカリ大規模植林には土地利用変化や生物多様性への影響が付きまとい、真の意味で持続可能なバイオマスかどうかは認証とモニタリングの実効性に依存します。また、高密度バイオカーボンを燃料として使うだけでは長期貯留ではなく排出削減にとどまるため、「どこまでを炭素中立・CDRとみなすか」という追加性の議論が今後必ず問われます。
事業リスクとしては、ブラジルの政策・規制・為替の変動、鉄鋼市況や炭素価格の水準、競合となる他バイオマス燃料・水素還元技術とのコスト比較が挙げられます。これらが想定より不利に動けば、バイオカーボン事業の拡大ペースが鈍る可能性があります。
総じて見ると、王子HD×Bionow×Valeの取り組みは、日本企業が重工業の脱炭素にどう関わりうるかを考えるうえで「攻めの事例」です。同時に、LCAやクレジット設計、土地利用の議論を丁寧に積み上げなければ、グリーンウォッシュとの批判を受ける余地も残ります。
今後の開示情報を追いながら、「ビジネスとしてのスケール」と「環境価値の実体」がどこまで両立していくかを注視したいところです。
出典
- 王子ホールディングス「高密度バイオカーボン製造販売会社Bionow S.A.への出資に関するお知らせ」(2025年11月13日)
- Oji Holdings Corporation “Notice Regarding Investment in Bionow S.A., a High-Density Bio-Carbon Manufacturing and Sales Company”(2025年11月13日)
- Vale “Vale makes pellets using renewable energy sources for the first time”(2023年3月16日)
- ブラジル現地メディアによるBionow・セニブラ・Valeの合弁報道(2025年11月13日前後)
- 自然由来CDR・藻類CCUSに関する国際論文・レビュー記事(2023〜2025年公開分)

