グリーン水素のコスト分析——Electric Hydrogen幹部が語る「$1,000/kWの壁」は本当か?

水電解装置の設備コストが$1,000/kWまで下がっても、電力単価(例:$20–50/MWh稼働率(容量利用率)、そして耐久性が伴わなければ、製造コスト(LCOH)は安定して$2–3/kgに入りません。

LCOHを下げるには「安い装置」よりも、「安い電力×高い稼働率×壊れにくさ」を優先して評価するのが近道です。この記事では、グリーン水素製造の数値の“手触り”とチェックポイントを丁寧に整理します。

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目次

なぜ重要か

各国の水素支援(CfDなど)が進み、投資判断の前提は「設備価格だけで語れない段階」に入りました。

企業の財務目線では、電力条件と運転実績の確度銀行性(融資しやすさ)を左右します。言い換えると、カタログ値の安さだけでプロジェクトが決まる時代ではありません。ここを読み違えると、見かけの“安さ”に引っ張られて全体コストが膨らむリスクがあります。

$1,000/kWの“壁”は本当か?

  • 装置の定価ではなく、実際に効いてくるのは実運用のコスト(電力・稼働・保守)。
  • 安い電力を長期で押さえ、できるだけ止まらず動かす(高稼働ことが肝。
  • 据付や配管などのBOS/EPCは、標準化・モジュール化が進むほど下がる(大型化ほど効きます)。
  • 設備コストは重要ですが、それだけでグリーン水素製造コストの全てが決まるわけではありません。

ざっくり試算

まずは単純償却(初期費用を耐用年数で均す)で“大づかみ”します。

前提は PEM方式・SEC=50 kWh/kgSEC=比エネルギー消費:1kgの水素をつくる電力量)・償却10年CF=0.7CF=稼働率/容量利用率:出力を出している割合)です。

1) 年間生産量(1kWあたり)

年間H₂生産量[kg/kW-年] = 8,760(時間/年) × CF(稼働率) ÷ SEC(kWh/kg)
= 8,760 × 0.7 ÷ 50 = 約122.64 kg/kW-年
※SECが小さいほど(=省エネなほど)同じ電力でより多く作れます。

2) 単純償却の考え方(WACCを無視)

資本回収係数(CRF=資本を年額に均す係数)は、WACCを無視すれば CRF = 1 / 耐用年数。ここでは10年なので CRF=0.1。よって年換算CAPEXは
年換算CAPEX[$/kW-年] = CAPEX[$/kW] × 0.1 = 1,000 × 0.1 = $100/kW-年

(注釈つき)

項目前提計算式コストへの影響(目安)
CAPEX(設備投資:$/kW$1,000/kW(1,000×0.1) ÷ 122.64約$0.82/kg
固定O&M(運転保守の固定費年率2%($20/kW-年)20 ÷ 122.64約$0.16/kg
電力(PPA等の単価$30/MWh($0.03/kWh)SEC(50) × 0.03$1.50/kg
合計(ベース)約$2.48/kg

4) 簡易的な感度分析

  • 電力単価の影響SEC:kWh/kg が効きます

    一般式:Δ(電力$/kg)= SEC × Δ(電力単価[$/kWh])

    例)$20→$50/MWh(= $0.02→$0.05/kWh)なら、50 × (0.05−0.02)+$1.50/kg
  • 稼働率(CF)の影響CAPEX/固定費は生産量で割るのでCFに反比例

    一般式:CAPEX$/kg = (CAPEX/年数) ÷ (8,760×CF ÷ SEC)

    CF=0.7 → 100 ÷ 122.64$0.82/kg

    CF=0.4 → 100 ÷ 70.08$1.43/kg

    差分(CAPEXのみ):約+$0.61/kg

    固定O&Mも同様に 0.16 → 0.29(差 約+$0.12)。

    合計差(CAPEX+固定O&M):約+$0.73/kg(CF 0.7→0.4)。

結論として、装置が$1,000/kWでも、電力単価稼働率(CF)が崩れると合計コストはすぐ悪化します。電力が$30/MWhでも、CFが0.7→0.4に落ちるだけで$2.48→$3.21/kgへ上昇します。

メモ:本セクションは「全体感を素早く掴む」ための下限に近い目安です。実案件では、圧縮・水処理・可変O&M・補機損失・系統費などを加え、必要に応じてWACCを反映(CRFで年換算)して精緻化が必要です。

参考リンク

ミニ用語解説

  • CAPEX($/kW:装置を建てるための初期費用。kWあたりで比較。
  • LCOH($/kg:水素1kgを作る総コスト。電力・資本・運転保守すべて含む。
  • 稼働率(容量利用率):どれだけ止まらず動いたか。高いほどCAPEXが薄まる
  • BOS/EPC:据付・配管・電装など周辺工事コスト。標準化が効く
  • CfD:市場価格と目標価格の差を埋める支援。OPEXの谷を埋めやすい。

編集メモ:本稿の数値は「オーダー感」を掴むための簡易計算です。実案件では、電力の時間帯別価格や系統接続、熱源の有無(SOEC等)、水処理・圧縮などで上下します。意思決定では同一前提で横比較し、運転実績データを重視しましょう。数式に踏み込まずとも、まずは“電気代・稼働率・耐久”の三点を意識するだけで、判断の質は大きく上がります。

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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