【2026年版】DOC(Direct Ocean Capture):海の炭素除去とは?日本での適用可能性は?

DOC(Direct Ocean Capture):海の炭素除去とは?日本での適用可能性は?

海からCO₂を取り除く——2、3年前まで研究段階の話だったこの構想が、2025年から2026年にかけて一気に商業化フェーズに入りつつあります。Capturaは初の商業プラント設計に着手し、Equaticはカナダで年間10万トン級の施設を計画、Ebb Carbonはサウジアラビアの国営水道と提携して世界最大の脱塩インフラを”炭素除去装置”に変えようとしています。

この記事では、海洋系カーボンリムーバルの基本的な仕組みから各社の最新動向、そして日本にとっての意味までを一気通貫で整理します。

目次

この記事で分かること

  • DAC・DOC・OAEという3つのCO₂除去アプローチの違いを、濃度・エネルギー・検証の切り口でつかめる。
  • Captura・Equatic・Ebb Carbonの3社を、2025〜2026年の最新動向を含めて横並び比較できる。
  • 日本の沿岸インフラ・漁業権・排水規制を踏まえ、国内展開の「追い風」と「向かい風」を整理する。

そもそも、なぜ「海から」CO₂を取るのか

カーボンリムーバル(CDR)とは、すでに大気や海にあるCO₂を物理・化学的に取り除く技術の総称です。排出を減らすだけでは間に合わない分を補う手段として、ここ数年で急速に注目を集めています。

その中でも勢いがあるのが、海を起点にした炭素除去です。では、なぜわざわざ海から取るのか。答えは「濃度」にあります。

海水中の溶存無機炭素(DIC)は、大気中のCO₂と比べて実効的に約150倍の濃さがあるとされています。薄い空気から集めるより、濃い海水から取り出すほうが効率がよい——これが海洋系CDRの出発点です。

しかも、海と大気はつねにCO₂をやりとりしています。海水中のCO₂濃度を下げると、大気から海への流入(再平衡)が自然に起きるため、結果的に大気中のCO₂も減らせます。海は地球最大の炭素吸収源であり、人間が出したCO₂の約3割をすでに吸収しています。この”吸収力”を技術的にブーストしよう、というのが海洋系CDRの基本発想です。

大気中のCO₂濃度(約420 ppm)と海水中の溶存無機炭素(約150倍)の差を示す図解。DOC装置が海水からCO₂を回収すると、大気から海への再平衡が自然に起き、結果的に大気中のCO₂も減少する仕組みを矢印で表現
海水中のCO₂濃度は大気の約150倍。
DOCで海水からCO₂を除去すると、大気から海への自然な再平衡が促される(筆者作成)

DAC・DOC・OAE——3つのアプローチの違い

CO₂の除去ルートはひとつではありません。大気から直接取るDAC、海水から直接取るDOC、海のアルカリ度を高めて吸収力を底上げするOAE——それぞれ得意なことも苦手なことも違います。

CO₂除去の3つのアプローチを比較した概念図。左のDAC(ブルー)は大気からCO₂を直接回収、中央のDOC(ティール)は海水からCO₂を分離・回収し大気からの再平衡を促す、右のOAE(アンバー)は海のアルカリ度を高めて大気からの吸収量を増やす仕組み
DAC・DOC・OAEの3アプローチの概念図。入口(大気 or 海水)と出口(ガスCO₂ / 炭酸塩 / 重炭酸塩)が根本的に異なる(筆者作成)
項目DAC(大気から回収)DOC(海水から回収)OAE(海をアルカリ化)
入口のCO₂濃度約420 ppm(かなり薄い)大気の約150倍——
(海水が大気からCO₂を吸う仕組み)
使うエネルギー電気+熱
(方式次第)
電気が中心
(電気透析・電解など)
電気が中心
(電気透析・電解など)
電力量の目安方式で大きく異なる
(送風・熱再生など)
Captura:約1.8 MWh/t
Equatic:<1.42.3 MWh/t
公開情報が少なく
立地にも左右される
検証(MRV)の難しさ◎ 比較的やさしい〇 回収量+再平衡推定が必要△ 海面でのCO₂移動量推定が難しい
回収CO₂の再利用◎ やりやすいCapturaは◎
Equaticは△
× ガス状CO₂が出ないため不可

ざっくりまとめると、DACは「空気からガスCO₂を直接回収」、DOCは「海水からCO₂を分離・回収」、OAEは「海のアルカリ度を上げて大気からの吸収量を底上げ」。入口と出口が根本的に違います。

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注目3社の比較——Captura・Equatic・Ebb Carbon

海洋系CDRの最前線にいるのが、DOCのCaptura・Equatic、OAEのEbb Carbonです。同じ「海からCO₂を減らす」でも、やり方も出てくるものも、そしてビジネスモデルもまるで異なる3社です。

3社の全体像:何がどう違うのか

観点Captura
(DOC/電気透析型)
Equatic
(DOC/電解+鉱物化型)
Ebb Carbon
(OAE/脱塩統合型)
ひと言で言うと海水からCO₂ガスを絞り出すCO₂を石に変え、水素もつくる脱塩のブラインでアルカリ化し、海の吸収力を上げる
技術の仕組み双極膜電気透析(BPMED)で海水を酸性水とアルカリ水に分離。酸性側で溶存炭素をCO₂ガスに変え、回収する。海水を電解して酸・アルカリ・水素・酸素の4ストリームに分離。アルカリ側を大気と接触させてCO₂を吸収・鉱物化。酸は砕石で中和。脱塩プラントのブライン(濃縮排水)を電気化学でアルカリ化。海に戻すことでCO₂吸収を促進し、追加の淡水と化学品も副生。
電力の傾向比較的低い。大規模時は約1.8 MWh/t-CO₂やや高め。自社発表は<1.4 MWh/tだが条件次第で変動。比較的低い。ただし脱塩プラントの条件に依存。
CO₂の出口高純度ガス → CCS/CCUに回せる固体炭酸塩+海中の重炭酸塩 → ガスとしては回収しない海中に重炭酸塩として溶存 → CCU不可
MRV(検証)装置内のCO₂ガス流量・純度を直接測定+再平衡モデルプラント内で除去量を計測。ISO 14064-2:2019を取得済み海域の化学変化と海-大気平衡からの推定
副産物特になしカーボンネガティブ水素追加の淡水+工業用化学品(塩化水素等)
主な需要サイド商船三井(3万tクレジット)Boeing(CO₂除去+H₂先買い)Microsoft(35万t/10年)、Google(3,500t)

CapturaはガスCO₂回収の”正統派DOC”、Equaticは鉱物化+水素の”二刀流”、Ebb Carbonは脱塩インフラに乗って海の吸収力を底上げする”インフラ統合型OAE”。3社の出口の形態・ビジネスモデル・検証のしやすさは、まったくの別物です。

Captura・Equatic・Ebb Carbonの商業化ロードマップ(2023〜2027年)。Capturaはハワイ1,000t/年パイロットを経て3〜5万t/年の商業プラント設計中、Equaticはシンガポール3,650t/年デモから10.9万t/年のカナダ商業プラントを計画、Ebb CarbonはProject Macoma稼働からSWA脱塩施設への本格展開を目指す
3社の商業化ロードマップ(2023〜2027年)。実線枠は完了・稼働中、破線枠は計画・設計中。
2026年現在、3社とも商業スケールへの移行期にある(筆者作成)

深掘り①:Captura——パイロットから商業化へ、DOCの”現実解”

DOCの中で最もシンプルな発想を突き詰めているのがCapturaです。海水と電気さえあればCO₂ガスを取り出せる——その明快さが最大の強み。そして2025年後半、この技術はいよいよ商業フェーズに移行し始めました。

どうやってCO₂を取り出すのか

核心はpHスイングという仕掛けです。双極膜電気透析(BPMED)で海水を酸性ストリームアルカリ性ストリームに分けます。酸性側では炭酸平衡(HCO₃⁻/CO₃²⁻ ⇄ CO₂)がCO₂側に傾き、溶けていた炭素がガスとして浮き上がってきます。これを膜接触器や減圧で回収し、乾燥・圧縮してCCSやCCUに送る流れです。

特筆すべきは添加剤を使わないこと。入力は海水と電気だけ。廃棄物もゼロ。アルカリ側は中和処理してpH・塩分・温度の基準を満たしたうえで海に戻します。CapturaのCEOスティーブ・オールダムが「海の働きを根本的に変えるのではなく、その巨大なパワーを活用する」と表現するとおり、海洋の自然なサイクルを加速する設計です。

CapturaのDOCプロセスフロー図。海水を双極膜電気透析(BPMED)で酸性水とアルカリ水に分離し、酸性側でCO₂ガスを遊離・回収してCCS/CCUへ送り、アルカリ側は中和処理して海へ放流する流れを左から右へ示す
CapturaのDOCプロセスフロー。
海水+電気を入力とし、BPMEDで酸性/アルカリに分離。酸性側からCO₂ガスを回収し、アルカリ側は中和して海へ戻す
(筆者作成、Captura公式を参考に簡略化)

エネルギーはどれくらいかかる?

大規模時の想定で約1.8 MWh/t-CO₂(約2 kWh/kg-CO₂)。内訳は電気透析が約60%、残りは取水・送水ポンプ、ガス分離/圧縮、補機類です。DACと比較すると消費電力はスペクトルの低い側に位置し、さらにその約半分を余剰再エネ(夜間の風力など需要のない電力)で賄う設計を目指しています。取水にかかるエネルギーを削減できれば全体コストにダイレクトに効く構造なので、既存インフラとの併設が強力なコストレバーになります(後述)。

実証から商業化へ——2025年の転換点

Capturaは3段階のパイロットプログラムを経て、商業化の入口に立っています。

まず、ロサンゼルス港の第二次大戦時の米海軍バージ上で年間100トン級のプロトタイプを運転。続いて2025年2月、ハワイ・コナの年間1,000トン級パイロットが稼働を開始しました。わずか2か月余りで設置・試運転を完了したことで、モジュラー設計のスケーラビリティが実証されています。

そして2025年11月、パートナーのEquinorとの共同で包括的な技術認定プログラムが完了。炭素除去効率、安全性、運転信頼性、MRVなど20の主要指標で評価を受け、商業展開に向けた技術的な”お墨付き”を得ました。

現在は年間3〜5万トン規模の初の商業プラントの設計に着手しており、ヨーロッパ、英国、アジア太平洋で候補地を検討中。コスト目標はCO₂ 1トンあたり100ドル——米エネルギー省のカーボンネガティブ・ムーンショット目標と同じラインです。

日本企業の関わり

日本勢の動きも早い段階から目立っています。商船三井(MOL)は3万トン分のカーボンクレジットのオフテイク契約を締結(Captura側発表)。出資面ではJAL Innovation FundHitachi VenturesがSeries A(総額4,530万ドル)に参画。Aramco、Equinor Venturesと並んで日本企業が名を連ねており、海運・航空・重工という排出量の大きい産業セクターがこの技術に賭けている構図です。

検証(MRV)と海への影響

Capturaの強みのひとつは、回収量の計測が明快なこと。装置内でCO₂ガスの流量と純度を直接測定でき、パイプライン品質のガスとして出てくるため、「どれだけ回収したか」の数字に透明性があります。

ただし、「大気からどれだけ正味で減ったか」を算定するには、海-大気の再平衡や放流後の拡散をモデル・観測で評価する必要があります。海域モデリングツール(ROTSやMARBLなど)の標準化も進んでいますが、買い手がモデル推定をどこまで信頼するかは今後の論点です。

海への影響については、放流水のpH・アルカリ度・溶存酸素に加え、プランクトン、付着生物、稚魚などの生物指標でベースラインとの比較モニタリングを実施。ハワイのパイロットでは、50年以上の実績を持つNELHA(ハワイ自然エネルギー研究所)の環境監視プログラムとも連携しています。

電気透析プラットフォームの多用途展開

注目すべきもうひとつの動きとして、Capturaはパサデナの生産施設で電気透析プラットフォームの多用途展開を進めています。DOCだけでなく、リチウム直接抽出、脱塩・廃水処理、エネルギー貯蔵、電気化学的炭素回収など、複数の成長市場に向けた製造を開始。コア技術を横展開することで量産効果を得て、DOCのコスト低減にもフィードバックする戦略です。

Capturaは「海水+電気」の最小インプットで高純度CO₂を取り出すDOCの”現実解”。パイロットから商業化に移行し、電気透析の多用途展開でコスト競争力をさらに高めようとしています。

深掘り②:Equatic——CO₂を「石」にして、水素もつくる

Capturaが「CO₂をガスとして取り出す」のに対し、Equaticは「CO₂を石(炭酸塩)に変えて半永久的に封じ込め、さらに水素を副産物として得る」というまったく異なるアプローチを取ります。UCLA工学部の10年以上の研究から生まれたスピンオフです。

仕組み:電解で4つのストリームに分ける

海水に再エネ電力を通して電解すると、酸(液体)、アルカリ(液体)、水素(気体)、酸素(気体)の4ストリームに分離されます。

アルカリ側のストリームを大気と接触させると、CO₂が吸収されて炭酸塩(CaCO₃など)の固体として鉱物化されるか、海水中で重炭酸塩として溶存します。いずれの形態でもCO₂は10万年以上の安定性で封じ込められるとEquaticは主張しています。酸側は砕石(岩石)で中和して海に戻し、海の化学バランスを保つ設計です。

なお、塩素ガスの副生を防ぐため、米ARPA-Eの支援で開発した酸素選択性陽極(OSA)を採用。これにより安全な水素生産と塩素抑制を両立しています。

エネルギーと除去量の目安

自社発表ではネットで1.4 MWh/t-CO₂未満。副生する水素のエネルギー価値を差し引くと、除去に必要なエネルギーの約40%を水素で相殺できるとしています。ただし別資料では約2.3 MWh/tという数字も示唆されており、ネットかグロスか、水素の価値をどう差し引くかで数字が変わる点には注意が必要です。

除去量の目安は、文献試算で海水1 m³あたり約4.6 kg-CO₂。同社は「商業プラントの除去速度は外洋の自然吸収と比べて99,000倍速い」と表現しています。

実証から商業化へ——シンガポールとカナダの二正面展開

Equaticは現在、二つの拠点で同時に規模を拡大しています。

ひとつはシンガポール西部トゥアスで建設中の「Equatic-1」。シンガポール国営水道局(PUB)およびUCLAとの共同プロジェクトで、年間3,650トンのCO₂除去+約105トンの水素生産を目指します(PUB発表)。10基の電解槽を並べたモジュラー構造で、個別のユニットを段階的に増設・保守できる設計です。

もうひとつがカナダ・ケベック州で、カーボンリムーバル専業開発企業Deep Skyとの提携で計画された北米初の商業規模プラントです。年間109,500トンのCO₂除去+3,600トンのグリーン水素を生産する設計で、水力と原子力によるクリーン電力を活用。2026〜2027年の稼働開始を目指しています。実現すれば、海洋系CDRとしては世界最大規模の商業施設になります。

資金面では、2025年8月にSeries Aで1,160万ドルを調達。テマセクトラストのC3Hとシンガポールのキボ・インベストが共同リード投資家で、商業施設のエンジニアリングスケールアップに充てられます。

需要サイドではBoeingがCO₂除去と水素の先買い契約を公表し、航空燃料サプライチェーンとの接続を見据えています。コスト目標は2030年までに100ドル/トン未満

MRVと運用上の課題

Equaticの検証上の強みは、プラントが陸上に設置されているため、除去されたCO₂の量をプロセス内で正確に計測できること。ISO 14064-2:2019の認証も取得済みで、第三者による検証体制を整えています。

運用面のボトルネックは、電解槽のスケーリング(目詰まり)、電極の寿命、固液分離の省エネ化です。モジュラー設計により個別ユニットの保守・交換は比較的容易ですが、大規模運転での長期安定性はこれから実証が進む段階です。

EquaticはCO₂を鉱物化して10万年単位で封じ込め、水素で経済性を補う「除去+エネルギー」型のDOC。シンガポールのデモとカナダの商業プラントという二正面展開で、2026〜2027年が最初の勝負どころです。

深掘り③:Ebb Carbon——脱塩インフラを”炭素除去装置”に変える

CapturaとEquaticが「海水からCO₂を取り出す」のに対し、Ebb Carbonの発想はまったく逆です。海のアルカリ度を上げることで、海が大気からCO₂を吸い取る力そのものを強化する——いわば海を”CO₂のスポンジ”にアップグレードするアプローチ。そして2025年、この技術の展開戦略が大きく明確になりました。脱塩プラントとの統合です。

仕組み:脱塩のブラインを「資源」に変える

世界の脱塩プラントは、毎日何億トンもの海水を処理しています。淡水を絞り出した後に残る高濃度のブライン(塩水)は、これまで単純に海へ捨てられてきました。

Ebb Carbonは、この「廃棄物だったブライン」をフィードストック(原料)として活用します。ブラインをEbbの電気化学システムに通すと、ろ過ブライン(追加の淡水回収に回せる)、酸、アルカリの3ストリームに分離。アルカリ化した海水を海に戻すと、海面でCO₂の分圧差(ΔpCO₂)が生じ、大気から海へのCO₂流入が自然に促進されます。取り込まれた炭素は重炭酸塩として海中に数千年単位で保持されます。

この設計の巧妙なところは、脱塩事業者にとっても本業のメリットがあること。追加の淡水回収で歩留まりが上がり、工業用化学品も副生され、さらに排水の海洋酸性化への影響も軽減される。CO₂除去はいわば「スマートなビジネス判断の副産物」として実現する構造です。

Ebb Carbonの脱塩プラント統合モデルを示すフロー図。脱塩プラントから排出されるブライン(従来は廃棄)をEbbの電気化学システムに通し、ろ過ブライン(追加の淡水回収)・アルカリ水(海へ放流しCO₂吸収を促進)・酸(工業用化学品やコンクリートリサイクル)の3つの価値に変換する流れ
Ebb Carbonの脱塩統合モデル。
従来は廃棄されていたブラインが、淡水・CO₂除去・化学品という3つの価値に変わる(筆者作成)

サウジアラビア水道局との提携——桁違いのスケール

2025年後半、Ebb Carbonの規模感を一変させるニュースがありました。サウジアラビア水道局(SWA)——世界最大の脱塩事業者——との提携です。SWAはサウジの水セクターを統括する政府機関であり、世界の脱塩能力の約22%を占めています。

SWAの全施設にEbbの技術を導入した場合、年間最大8,500万トンのCO₂除去能力が見込まれるとされています。実現すれば「メガトン級」どころか、一気に「数千万トン級」のポテンシャルを手にすることになります。

需要サイドの充実——Microsoft、Google、そしてGoogle X

Ebb Carbonの需要サイドは急速に厚みを増しています。

Microsoftとは10年間で最大35万トンのCO₂除去という大型合意を結んでおり、これは海洋CDR分野で最大規模のコミットメントです。検証にはIsometricが策定した業界初のOAEプロトコルを使用します。

2025年12月にはGoogleとも3,500トンの先買い契約を締結。ボリュームは控えめですが、テック大手2社から信任を得たシグナルとしての意味は大きい。

さらに興味深いのは、Googleの「ムーンショット工場」ことXとの共同研究です。Ebbのプロセスで副生される酸を、コンクリート廃材のリサイクルに応用する技術を開発中。Xのプロジェクトリードは「酸の活用と組み合わせることで、コスト・ネガティブな(収益が除去コストを上回る)炭素隔離の可能性がある」としています。

実証の現在地と許認可

米国ワシントン州Port AngelesのProject Macomaが2025年10月に稼働を開始。脱塩技術との並行運転で実環境での性能とスケーラビリティを検証しています。もうひとつの拠点として、米エネルギー省のパシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)と数年にわたる共同実証も進行中です。

許認可面では、Project MacomaでNPDES許可を取得。排水の水質・拡散・生態影響をクリアしており、このプロセス自体がOAE事業にとってのマイルストーンとなっています。

MRVの課題

OAEのMRVは、DOCと比べると本質的に難しさがあります。ガスCO₂を直接測れるCapturaやプラント内で計測できるEquaticと違い、Ebb Carbonはアルカリ化した海水が大気からCO₂をどれだけ吸収したかを、海域の化学変化と気液間のCO₂移動モデル(k × ΔpCO₂)から推定する必要があるからです。IsometricのOAEプロトコルなど第三者検証の枠組みが整いつつありますが、推定精度の向上は引き続きの課題です。

Ebb Carbonは「脱塩プラントの廃棄物を資源に変え、CO₂除去と淡水増産を同時に実現する」インフラ統合型OAE。SWAとの提携で桁違いのスケールが視野に入り、MicrosoftとGoogleの両方から信任を獲得しています。

筆者の視点:日本はDOC/OAEの「適地」なのか?

ここからは筆者の見解です。結論を先に言えば、日本にはDOC/OAEを展開するうえでの好条件がそろっています。ただし、見過ごせないハードルもある。インフラ・漁業・制度の3軸で整理します。

追い風:取放水の”大動脈”がすでにある

日本は島国であり、海岸線は湾や入り江を含めると非常に長く、地形のバリエーションも豊かです。沿岸部には発電所、工場、上下水処理場、港湾、一部の脱塩設備が海と直結して立ち並んでいます。

こうした施設にDOC/OAEを併設できれば、取水ポンプの動力、配管の建設コスト、前処理の運営費を一体で抑えられます。これが筆者が日本を「適地」と見る最大の理由です。

とくに取水・放水にかかる電力は、DOCの総消費電力の中で無視できない割合を占めます。Capturaの実績が示すように、既存設備を使えば送水距離や揚程を削減でき、LCOCR(均等化除去コスト)を数%〜二桁%の幅で低減できるポテンシャルがあります(Capturaの技術・コスト分析資料参照)。Capturaが次の商業プラント候補地として「アジア太平洋」を挙げていることも、この文脈で注目に値します。

さらにEbb Carbonの脱塩統合モデルは、日本の既存の脱塩・下水処理インフラとの組み合わせにも示唆があります。脱塩プラントの「廃ブライン」を活用するアプローチは、海水淡水化を行っている日本の沿岸施設にもそのまま適用できる可能性があるからです。

向かい風:海は漁業者の”仕事場”でもある

好条件がある一方で、日本の海は漁業者にとっての生活の場でもあります。定置漁業権、区画漁業権、共同漁業権が沿岸に広く張り巡らされ、取水口や放流口の設置場所は漁場と重なりやすいのが現実です。

CO₂を回収・処理した後の海水を再び海に戻すことについて、漁業者の理解を得るのは決して簡単ではないでしょう。だからこそ、できるだけ早い段階から漁協との継続的な対話を始め、操業スケジュールへの配慮や、必要に応じた補償の仕組みを丁寧に設計していく必要があります。

合意形成の進め方としては、洋上風力の運用知見——たとえば促進区域の指定プロセス——が参考になるかもしれません。

結論:適地だが、”共生の設計”が勝負どころ

インフラの追い風でコスト最適化の余地は大きい。しかし漁協との対話と排水基準・総量規制への適合は避けて通れない——これが率直な見立てです。

大事なのは、「併設」「合意形成」「MRVの透明性」を最初から設計に組み込むこと。後付けで対応するのではなく、事業の初期設計の段階からこの3つをセットで考える。それが日本で海洋系CDRを“一過性の実験”ではなく”続けられる仕組み”に変えるための条件です。

Capturaが商業プラント候補地にアジア太平洋を含め、Ebb Carbonが脱塩インフラとの統合モデルを確立しつつある今、日本の産業界がこの波にどう乗るかの判断は、そう遠くないうちに求められるでしょう。

日本は沿岸インフラの面でDOC/OAEの「適地」と言える。漁業との共生と排水規制への対応を前提に設計することが、事業として持続できるかどうかの分水嶺です。

参考リンク集

本文中で触れた主な論文・企業サイト・ニュースリリースをまとめています。

略語集

本文に登場した略語をまとめておきます。

  • CDR:Carbon Dioxide Removal(カーボンリムーバル)
  • DAC:Direct Air Capture(大気直接回収)
  • DOC:Direct Ocean Capture(海水直接回収)
  • OAE:Ocean Alkalinity Enhancement(海洋アルカリ化による吸収促進)
  • MRV:Measurement, Reporting, Verification(測定・報告・検証)
  • CCU/CCS:Carbon Capture & Utilization / Storage(回収CO₂の利用/貯留)
  • DIC:Dissolved Inorganic Carbon(溶存無機炭素)
  • TA:Total Alkalinity(全アルカリ度)
  • ΔpCO₂:気液間のCO₂分圧差
  • BPMED:Bipolar Membrane Electrodialysis(双極膜電気透析)
  • OSA:Oxygen-Selective Anode(酸素選択性陽極)
  • LCOCR:Levelized Cost of Carbon Removal(均等化除去コスト)
  • NPDES:National Pollutant Discharge Elimination System(米国排水許可制度)

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この記事を書いた人

・ニックネーム:脱炭素メガネ
・所属:国内大手エネルギー企業
・担当領域:新規事業開発(経験10年以上)
・主なテーマ:次世代再エネ、カーボンリムーバル(DAC/DOC/BECCS/CCUS)、グリーン水素(AEM/PEM等)、LDES、次世代原子力(SMR)、核融合 など
・役割:クライメートテック分野の全社的な戦略策定・実行のリード、スタートアップ出資(スカウティング〜評価〜実行)

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